教祖
@hanedas
10月3日
暑い…。自転車が前に進んでいる気がしない。今は衣替え期間だ。天気予報を見ずに可愛いからという理由だけで冬服を着た私はアホ。「コンビニに寄っていこう」このままでは学校に着く前に倒れてしまうと思い、通学路にあるコンビニでジュースを買うことにした。
「らっしゃせ〜」と店員のやる気の感じられない返事がこだまする。もっとハキハキ喋ろよ。朝から来店した客な適当な挨拶をするやつは私よりアホだ。こうして自己肯定感を高めながらジュースを吟味しているとスマホの通知音が鳴った。
-10月3日 先輩 HBD-
スケジュール管理のアプリからだ。
「知ってますよーだ」
独り言を呟く。今日は先輩の誕生日だ。ケーキを買っていこう。何味が好きだろう。ショートケーキか、それともチョコレートケーキか。二つとも買って先輩に直接選んでもらおう。余った方は私が食べる。お昼休みに渡そうかな。いや、放課後が良いかな。先ほどまで悩んでいた飲み物は水をチョイスすることにした。ケーキを二つも買うとなると飲み物にあまりお金を費やすことはできない。水とショートケーキとチョコレートケーキを持ってレジに向かう。結構かさばる。
「レジ袋はお付けしますか?」
店員が聞いてくる。「お願いします」と返事し、3円分増えた金額を払うと店員が商品を袋に詰め込む。あ、もっと丁寧に入れてよ、ケーキが崩れちゃう。この阿呆。私はアホと漢字で書くことができる。多分この店員には書けも読めもしないだろう。私の勝ちだな。心の中で毒を吐きながら私はニコニコした顔で購入したものを受け取る。私は愛想が良い。そしてなにより可愛い。この店員は今確実に私に惚れた。そんなことを考えながらコンビニを出る。冷房の効いた場所に居た分、外の暑さはさっきよりも主張が激しい。
駐輪場に着いた。やっぱり暑い…。いつも通りの通学路だった。いや、でも今日はパトカーやら救急車やらサイレンがうるさかったな。まあ私には関係ないことだ。
おかしい、校庭に誰も居ない。いつもどこかしらの部活が朝練をしているはずだ。校舎に近づくと金切り声がどこからともなく聞こえてくる。この違和感はなんだ。
「---が死んだ」
廊下で女の子が泣きながら話している。誰が死んだのだろう。今朝のニュースでは有名人が亡くなったというような報せはなかったはずだ。しかし私には関係がないことは確かだ。この子も何をそんなに悲しんでいるのだろう。
「別にあなたが死んだわけじゃないでしょうに」
あ、やばい。気持ちが口から出てしまった。聞かれてないかな。あたりを見回す。
「---が死んだ」
「---が死んだ」
「---が死んだ」
おかしい。皆が全く同じ話をしている。女の子グループは皆泣いているし、男の子グループは皆うかない顔をしている。一体誰が死んだんだ。学校全体で全員が同じ話同じ表情をしているのは初めてだ。教室に向かうと、洋介が私に気づき大きな声で「都子!」と私の名を呼び、駆け寄ってくる。昨日、洋介に告白をされ、私は了承をした。つまりあいつは私の彼氏だ。今日は付き合って1日記念日。そんなに私と会いたかったのかな。あまり大声で呼ぶのはやめてほしい。普通に恥ずかしい。「何?」と私は返事をする。洋介の顔が強張っている。少し怖い。洋介が言った。
「---が死んだ」
肝心なところが聞こえない。しかし声色が事の深刻さを物語っている。
「誰?誰が死んだの?」
もっとゆっくり喋ってくれないかな。聞き取りにくい。興味と呆れが交錯しながら私は聞くと、洋介は真剣に真っ直ぐな目で私に言った。
「神田宗二が死んだ」
さっきまでの火照った体に悪寒が侵食するのを感じる。熱くうざったらしい汗は氷柱のように冷たい。違和感の正体にやっと気づいた。握力が抜けていく。コンビニで受け取ったレジ袋が手から滑り落ち、床から重い音がする。床に落とされたレジ袋の中は二つのケーキが原型を留めることなく崩れていた。
今日、先輩の誕生日に先輩が死んだ。
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