蒸し牡蠣(3)
「足がちびたいのですわ~っ!」
「汝、落ちたら破門ですよっ!?」
海面の氷は連鎖的に割れる。
ロマンは絶体絶命、カタリナも余裕はない。氷の上は滑るのだ。
ついにロマンの足が冷たい海水に触れた、その時。
「おや?」
「今度はなんですの!?」
二人の腰に白いヒモ、いや帯が巻き付き岸の方向へ引っ張られる。
「母上絡みのめんどくせー仕事も片付いてさ――」
二人とすれ違いに火炎が走った。それと女の声。
「――観光地でうまいもん食いながらバカンスしようと思ったら、さみーじゃねーか! こいつが原因かオラぁ!?」
いや、炎に包まれた人だ。火だるまの人が何か叫びながら、そして笑いながら冬将軍の足元へ突っ込んでいった。そこへ当然殺到する冷凍マグロにカツオ、果ては500キロオーバーのカジキだが。
「カジキはバターステーキ……いや、つみれにして鍋だぜ。さみーからな!」
飛んでくる砲弾を足場に空へ上がった。そもそも火だるまの人が走った跡は氷が溶けている。海水の上を走っていたのだ。
「燃え上がれっ、バーニングだぜ!」
気合いの入った、しかし意味のわからない言葉の通り、氷の要塞は燃え上がり冬将軍共々、海に返った。というか海水になった。
その頃ロマンたちはといえば、岸まで3キロのところまで引っ張られ、そして捕まっていた。巻かれた帯は解かれているが。
「怪我はないかい、おてんばなお姫様たち」
貴公子のような甘い顔つきに光沢のあるかっちりした服装。男性従業員が接待をする夜のお店にいそうな若者。その腕に二人は抱かれていた。だが。
「助かりましたわ、あなたもどこかのお姫様ですの?」
「汝、昼間見ると違和感があると言われませんか?」
二人とも実家に帰れば正真正銘のお姫様だ、このくらいでぽやんとはしない。助けてもらったことに感謝はしたが。
そして変装の名人、マゼンタとパーティーを組んでいた二人だ。これだけ近付けば性別を間違えることはない。
男装の麗人は二人の塩対応も意に介さず笑顔を見せた。こちらもメンタルが強い。
「ああ、
「俺は
派手な赤いキモノを着た、狂暴そうな目つきの女がいつの間にかいた。長い髪は燃えるように赤く、声には聞き覚えがある。
「汝、あの火だるまさんですね」
「服も髪の毛も無事ですわね」
「おいおい、突っ込むとこそこかぁ?」
手も足も出なかったロマンたちだが、横槍が入ってちょっとだけ不機嫌だったのだ。戦力不足は最初からわかっていたので、代官が見つけて寄越した援軍なのだとは思う。
名前からしてどこかのお姫様らしい二人を加えた四人の元へ、無事を確認しに漁師が走ってきた。
討伐できたことを伝えると、後は代官に押し付けて宴会だそうだ。
沖合は溶け残った氷が浮かぶのみ、ここもそろそろ危ない。あれほど曇っていた空はもう晴れていた。
***
夕暮れ前には宴会が始まった。
足りない魚介は磯釣りでまかなっている。異常気象の影響か冷たい海の魚介が入れ食いで、釣り場は宴会よりも盛り上がっていた。
「ホタテもカレイも身の締まりと味の濃さが格別ですわ。贅沢なお刺身ですわね」
「マグロとカツオの漬け丼もなかなかですが……タチのお味噌汁がうまーいー! マグロの脳天とカツオは藁焼きにしてー!」
「聖女様のお好きな『イカゴロのルイベ』も作っといたよ! 外に置いとけば勝手に凍ったからね」
「んまーいーっ!」
いつもは漁師の独壇場たる船着き場が宴会場として提供され、住民ですら新鮮みを味わっている。外はまだ寒いが、西日に溶けて消えていく氷雪を見るとホッとするのだ。時折磯から釣り人の歓声、もとい雄叫びも聞こえた。
宴会の仕切りはマヤの母親で、漁師食堂の看板娘、サシャなど手の空いた住民も手伝っている。
ロマンは海鮮レストランの看板娘はどうしたかと見渡すが。
「一番はしゃぎそうなマヤの姿が無いのですわ」
「父親が『爆釣だーっ!!』と叫んで釣り竿を担いで行きました。付いて行ったのでは?」
レストランの経営者も元漁師の血が騒いだのだろう。ロマンはホスト役が欠けていることよりも、真顔のカタリナがおじさんの口真似をしたことの方が気になって仕方なかった――後でそのことを悔やむのだが。
「よければこちらもご賞味あれ、お姫様」
「ああ、あなたたちもいたのですわ」
「あとで血ぃ吸っていー?」
「ああっ、
長帯姫と名乗る男装の麗人が深皿の料理を持ってきてくれた。そういえば彼女たちもいたのだ。カタリナはシリアスとアホを器用に使い分けている。
むしろ功労者は彼女たちなのだが、『手柄はいらないからこのことは内密に』と釘を刺されている。助けられた手前反論できず、それもちょっと気に入らないロマンたちだった。
「とはいえ、おいしいですわ」
「これなにー? なんのつみれー?」
「お前らも気に入ったかぁ? こいつはなぁ、『カジキとタラのつみれ鍋』だ」
火室姫は聖典に記されたところのDQNギリギリな感じだが、長帯姫より付き合いやすい、とカタリナは思う。ロマンも同意だ。
結局素性の知れない二人だが自分たち同様、観光に来た高位の冒険者だろうとロマンは推測した。
「カジキのつみれはなぁ、鍋で煮る前に一度焼いて――」
「――大変だ、マヤが……マヤがどこにもいねぇ……!」
「なんだって!? アンタ何してたんだい!」
「すまねぇっ! 爆釣に気を取られて、そろそろこっち戻ろうと思ったら……」
味わいの異なる二種類のつみれとネギのマリアージュを楽しんでいると、真っ青になった海鮮レストランのオーナー、マヤの父が駆け込んできた。
マヤの母が真っ先に反応し、宴会場が静まり返る。みな海育ち、最悪の事態が何かわかっているのだ。
「漁船に入り込んで寝ちまったんじゃねぇか?」
「家には人を遣ったか?」
「トロ箱には……もう入らねぇな。おっきくなったもんな」
マヤを知る住民たちは当然その身を案じている。だからこそ核心に触れられない。皆がわかっていることを言葉にしたくない。
奥歯に物が挟まったような時間を、聖女が破った。
「ならば、海に入ったと考えるべきでしょう」
「聖女様、そんな……氷が溶けても海はまだ冷たいんだ」
「そうですわカタリナ様。冷たい海の怖さはマヤでも十分わかっているはずですわ!」
先程まで一面凍っていた海だ、片足を浸したロマンは身をもって知っている。子どもなら30分と意識が保たないだろう。
聖女の言葉は死の宣告に等しい。
だが住民たちはわかっている。海の深さ、海中の潮の速さ、それに海水温は陸から見てもわからない。だから油断する。最近素潜りが上達したばかりのマヤなら……そうでなくとも、意図せず海に落ちてしまうことだってある。
ロマンもそれを察して、しかし認めたくなかった。
――マヤがいないと気付いた時、様子を見に行けばこんなことには……こんなことって何ですの? まだマヤは……でもどこを探せばいいのですわ?
「最悪の事態を想定して、というばかりではありません。娘は海に入る理由があったのです」
「聖女様、それはどげな……?」
「タイムリミットは陽が落ちるまで。釣り場周辺、素潜りで『おいしいもの』が獲れる場所をしらみつぶしにするのです」
「カタリナ様、おいしいものですの?」
「「「???」」」
「早くしなさいっ!!」
「「「はいぃっ!」」」
出雲弁参考:北三瓶会様 http://www1.ttcn.ne.jp/~kitasanbe/a_top01.html
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