蒸し牡蠣(2)

 冬将軍という魔物はロマンもカタリナも聞いたことがない。冒険者ギルドの無いこの町でより詳しい情報を得るなら……ということで代官の屋敷をアポ無しで訪ねた結果。



「やはり、このままにしておくわけには行かないのですわ!」


「寒いです、帰りましょう。マヤにはアントレに来てもらって川で素潜りを……」



 結局というか、案の定。代官に頼み込まれ冬将軍の討伐を試みることになったので港に来た二人。

 多くの観光客はここ数日の寒さでで退去、もしくは引き返しており、冒険者ギルドは無い。つまり町には冒険者がほとんどいないのだ。魔物相手なら衛兵より漁師の方がマシなくらいである。


 代官からはあるだけの情報をもらい装備を調えた。遭難した際の救援チームも漁師たちから出してもらった。

 カタリナの分析ではそれでも戦力不足なため、実質強行偵察、あわよくば討伐といったところだ。


 そんなわけでヤル気のロマンとイマイチなカタリナは、凍った海の上に立つ。向かうは沖の迷宮、とても寒い。



「あれが、迷宮ですの……?」


「竜巻……ではなく、凍った海ですね」



 冒険者の視力をもってして沖合10キロほどに見えたのは。

 逆三角錐の氷の構造物、凍り付き海面から天に向かってせり上がった渦潮迷宮だった。その最上部に鎮座する魔物が冬将軍だ。それはあたかも冬将軍による氷の要塞築城、および籠城である。



「海の魔物は大きいものですが、冬将軍は海中の魔物ではないようですわね……」


「むしろ海にいてはいけない魔物トップ3に入りませんか……」



 冬将軍とは、雪玉三段重ねの『雪だるま』の魔物だった。


 代官が短時間で集めた情報によると、西の魔導国家『エルフィンランド』では毎年冬になると冬将軍の接近警報が出るらしい。ただしそれは魔導国家北端での話で、元々の発生場所はさらに北にある極寒の地と言われている。



「それがこんな南まで降りてきたのは異常ですわ。今年に限って魔導国家で何か……」


「あの……妖精女王とその夫が魔導国家に移住しましたよね。魔物が行動を変える理由としては十分では」



 妖精を愛するメルセデスの父、シドニア卿。国王の側近だった彼はフランベ王国を追放され、妻を連れて魔導国家へ渡った。その妻とはフィデリア・ルフェイ・シドニア、妖精女王フィーであり大神に等しい力を持っている。



「フィーが何かしたのでしょう、メルセデスの母親だけあって人騒がせですね」


「スケール! それ人騒がせのスケールですの!?」



 そうこうする間も渦潮迷宮上から動かない冬将軍。そして寒い。

 ロマンたちは思い切って接近してみた。海面が凍っていて歩けるからだ。


 近付くと冬将軍の細部が見えた。頭部に筒型の軍帽とマフラー、目口鼻もある。鼻はニンジンだろうか。胴体にはボタンらしきものが三つ、両腕は木の枝で先端に手袋がぶら下がっていた。

 見た目は大雪の翌朝に子どもが作る雪だるまと変わらない。描いたような笑顔だ。


 500メートルからは一気に距離を詰める。100メートルを切ればロマンが短槍を投擲し、氷ごと冬将軍を貫くつもりだ。



「今ですわ!」



 だが、投擲姿勢に入ったロマンに向かって冬将軍の周囲から銀色の何かが射出された。避けにくい姿勢の上に、足下は滑る。



「『神罰』」


「助かりましたわ……これはっ!」



 聖女の神罰により逸らされた物体が氷を砕き、海水が跳ねた。冷凍マグロだ。砲弾型のフォルムと300キロもの重量、カチンコチンに凍ったそれに当たればただでは済まない。



「氷の要塞からこちらを見下ろす軍人……なるほど、将軍と呼ばれるだけありますわ」


「汝、よくシリアスでいられますね。マグロは持って帰りましょう。漬けるのです」


「カタリナ様も真面目にやるのですわ!」


「攻撃手段がありません。汝だってこれ以上、迷宮に近付きたくはないでしょう?」


「それは……」



 砲撃のせいではない。凍り付いた渦潮の中でも迷宮の魔物たちが生きていることはロマンも気付いていた。そこは迷宮の中、何が起きるかわからない。事前調査なしに踏み込むのは自殺行為だ。



「では冬将軍がここの迷宮主になったのですわ?」


「将軍だけに他の魔物を従える力があるようですね。倒せば迷宮に入らずして迷宮攻略となりそうですが、汝でも火力不足です」


「そんなことはないのですわ。隙の多い投擲ではなく、今度は盾を構えて――」



 大盾を取り出したロマンを警戒したのか、再び砲撃された。距離を取ったつもりがまだ射程内だったようだ。

 ロマンはカタリナの前に出て大盾を構える。今度の砲弾は20キロ程の冷凍カツオ、数十匹の連射だ。



「喰らい放つのですわ、『ジークフリート』」



 盾に触れた途端、冷凍カツオは勢いを失いゴロゴロと地に落ちた。そして盾に受けた攻撃エネルギーを変換し反撃するカウンター、これがロマンの魔法『ジークフリート』の真価だ。


 受けた攻撃のエネルギーを収束して盾から放たれた光線は、氷の要塞の一角を崩した。

 これが全魔術を反射する竜に似ているのも、ロマンが『竜鱗』と呼ばれる由縁である。決して食べた分太るだけの能力ではないのだ。



「さぁ、マグロを撃ってくるので、す……わっ!?」


「だから言ったのです、手を伸ばしなさい」



 ロマンの攻撃の反動だ。足下の氷が割れ、極寒の海に落ちそうになったところをカタリナが捕まえた。

 攻撃を受け止める分にはエネルギーを吸収するので問題ないが、反撃の反動はどうしようもない。



「最初のマグロが氷を砕いた時に海水が跳ねたのを見ました。この辺りの氷はそれほど厚くないのです」


「先に言ってほしかったですわ……ということはもっと強烈な一撃を返していたら……」


「汝は海の藻屑でした」


「先に言ってほしかったですわ!」


「そもそも壁役と回復役で討伐というのは攻略マナー的にいかがなものでしょう」


「意味がわかりませんわ……ともかくここは一時撤退ですわね」



 一度退いて援軍を呼ぶなりする他ない。

 ロマンたちが冬将軍から慎重に距離を取り始めると、海面の氷が嫌な音を立てた。



「こんな広範囲で割れるものですのーっ!?」


「冷凍カツオは範囲攻撃だったのです、走りなさい!」



 ロマンたちに当たらなかった冷凍カツオが海面の氷に刺さり、くさびとなったのだ。無駄撃ちではない。

 有利な状況に敵を誘い込み一網打尽。籠城戦における城主の如き采配が冬将軍の恐ろしさだった。


 すでに氷は二人の退路をふさぐように割れ始めている。冒険者なら走れば間に合うかというと、そうでもない。



「金属鎧は沈むのですわ~っ!」



 ロマンの片足が海水に浸かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る