幻の酒の肴

「ハネムーンだもんね!」



 ハネムーンの目的『幻の酒』入手は目処がついた。だが本来の目的はハネムーンを楽しむことだ。

 料理したり魔法ぶっ放したり、いつも通り過ごしてる気もするけど!


 というわけで屋敷を出る。建物が途切れるとそこはもう果樹園だ。果樹園の大半は丘になっている。斜面を利用して日当たりを良くしているのだろう。



「ここも梨の匂いがするねぇ」



 遠目だと森のように見えたが、中に入ると木々の間隔が広い。それに下草が刈られているから藪も無くて歩きやすい。頭上の梨に目が行っても大丈夫だ。

 なんとなく手を繋いで、のんびり丘を登る。



「今成ってるやつはもらっていいってさ」



 俺が近くの脚立を指差すと、メルセデスはすでに梨狩りを楽しんでいた。垂直跳びで。



「ハサミは借りちゃった。やっぱり、もぎたてが一番だね!」


「お、おう」



 皮むき早ぇな。

 これは確かにうまい。だが同時に、あの酒の香りは原料の果実に負けてないこともわかった。ならこの梨はつまみになるだろうか?



「なぁ、チョコレートリキュールってあるだろ?」


「カカオのリキュールに生クリームとココアパウダーを加えたお酒だね」


「それチョコレートつまみに飲めるもんか?」


「おすすめしないかな、口当たりが近いから。ナッツが合うと思うよ」


「口当たりか……」



 汁物が酒のつまみになりにくい理由でもあるな。するとあの酒は梨の口当たりまで思い浮かぶから、梨も合わないだろう。


 採った梨をアイテムバッグに収納しつつ、登りとは違う場所から下る。今残ってる梨は収穫時に未熟だったもので、来年の実りのために早く除いてしまいたいそうだ。


 丘を下りきると建物の陰が見えてきた。納屋とも作りが違うから、果実の圧搾や醸造をする建屋だろうか。


 ふと、ここらの木は梨じゃないことに気付く。ひょろっとした低木で、枝の先に小さな実が鈴なりだ。何の木だろう、どっかで見た気もする。



「ピスタチオの木だね。あっちにはクルミもあるよ」



 ウーゴさんが酒造りの研究用に桃とアプリコットを育ててるとは聞いたけど、ナッツは酒の材料じゃないよな。



「食べたかったんじゃない? おつまみにもなるし」


「ナッツなら何にでも合うよな。でもなぁ」


「つまんない?」


「それもあるし、あの酒って塩味強いと合わない気がする」


「ナッツは塩味きいてるのが好きだよぉ」



 しかしナッツはいいかもしれねぇな。

 炒め物やサラダに加えてもいいし、揚げ物の衣やソースに混ぜてもうまい。たいていのナッツならあの酒の香りを邪魔しない気もする。



「街に出てみるか。買いたいものもあるし」


「じゃあ今日は中心部だね。博物館と劇場も行きたいな。ここの博物館ってすごいんだよ、迷宮産の貴重な魔道具が展示されててね――」




   ***




 蒸留の無事終了を見届けたのは深夜二時だった。

 フラフラの四人が起きたのは昼だ。その起き抜けに宴会料理を用意した。

 前庭に椅子とテーブルを出して、『もつトマト鍋』をメインに『う巻き玉子』や『串揚げ』を並べた。


 コンタン家では蒸留が終わったら神像の前で宴会、というしきたりだそうだ。若い衛兵隊員みたいなノリだな。



「酒造りって大変なんだな」


「いつもは交代番の人手を雇うんだが、今年は人手不足でね。薪のこともあった」



 薪がブドウの木になった原因は未だにわからない。俺も含め考えるのを放棄したとも言える。

 間の悪い奇跡もあったもんだ。



「不可解なこともあったが、みなのお陰で今年も良い出来じゃった。御酒の神様に感謝を」



 コンタン卿の音頭で乾杯し宴が始まった。酒は買ってきたワイン、それにラベルの無いボトルが一本。

 瓶詰めを始める前の試作品だ。

 俺たちもその試作品を五本、それに去年の在庫五本を格安で分けてもらった。


 最初1000リットルあったもろみは二回の蒸留で85リットルとなり、アルコール41度に調整すると200本瓶詰めできるそうだ。


 コンタン家の四人とも、今年の酒に満足げだが……隊長ですら疲れが抜けきってない顔だけど、大丈夫か?

 ウーゴさんは果実の種類を増やしたいみたいだけど、蒸留の回数が増えても大丈夫だろうか。過労でコンタン家途絶えたりしない?



「疲れには甘いものだよ!」



 メルセデスが持ってきたのは『トマトのカップケーキ』と『ピスタチオのパウンドケーキ』、『梨のガトーインビジブル』だ。


 西部のトマトピューレはなかなかの品質だった。街の市場にはピスタチオを挽いた粉やペーストもあって、パウンドケーキにたっぷり練り込んである。


 ガトーインビジブルというのはスライスした果物を層状に入れた、カスタードのケーキだ。梨はもちろん、ここのものを使った。


 香りと食感に変化を付けた『三種のおつまみケーキ』だ。甘いものを食べすぎると余計に疲れを感じることがあるから、蒸留中は控えていた。



「エミール君、これ……」


「おぅ。幻の酒に合う肴、これが俺の答えだ」


「うん、うんうん! どれも邪魔しないどころか、お酒に合ってるね」



  ~ メルセデスのめしログ『三種のおつまみケーキ』 ~



 赤・緑・白。カプレーゼと同じ色合いのケーキはただのデザートじゃなかった。

 まず赤、『トマトのカップケーキ』。柔らかくて弾力のある赤い生地を、上に乗ったドライトマトと一緒に頂くよ。


 少し塩味がついていて甘さ控え目。トマトだけじゃなくオリーブオイルの香りと、なんとほのかにバジルの香りもするの。

 西部料理にありそうな素材でお酒が欲しくなる。これはおつまみだぁ!


 オドヴィを一口。ケーキの香りとぶつからない。カプレーゼだと合わなかったバジルも邪魔をしない。バターをオリーブオイルに代えたからしつこさもない。

 むしろお酒が欲しくなる味だぁ。


 これはひょっとしてワインとも合うかな? と西部特産のおいしい赤を飲んでみると……あれ?

 ダメじゃないけど、物足りないぃ。そうだ、このケーキはトマトもバジルも、小麦でさえ香りが控え目だ。エミール君はオドヴィだけに合わせて、焼き上がりの香りを調整したんだぁ。


 するとこの緑色した『ピスタチオのパウンドケーキ』も……と思ったら、濃厚だぁ!

 しっかりした生地にピスタチオがたっぷり練り込まれてる。食感と香りに変化を出すのは粗く砕いたピスタチオとマカダミアナッツ……いやこの香り、燻製ナッツだ!

 ほのかな薫香が不思議なくらいお酒に合ってるよぉ。


 生地はやっぱり甘さは控え目だけどホワイトチョコチップがアクセントになる。それに口の中で生地にお酒が染み込むと、上質なブランデーケーキみたい。

 これはお酒が進むぅっ! (時間があれば干した梨をオドヴィに漬けて具材にしたかった by エミール)


 最後は『梨のガトーインビジブル』。カスタード生地の中で薄い梨が重なって、断面がきれい。

 エミール君が「合わない」と言った梨を使ってるけど……あ、これはお酒に合わせるというより、舌を休めるための味だ。


 加熱で食感が変化した梨。それがお酒が持つ長い余韻を同じ梨の香りで受け止める。その間に冷たいカスタードが舌を包み込んでくれるんだねぇ。


 またトマトのケーキに戻れば……一生お酒飲みながら過ごせそう――きゃぁっ(人生が終わる前に頭にチョップだ by エミール)



    ~ ごちそうさまでしたぁ! ~

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