第50話 Epilogue
まだ止んでいなかったようだ。ログオフすると、たちまち音が聞こえてくる。土曜日の朝になっていた。
ゴーグルを外す。
幻想と深い瞑想から覚めた。窓に絶え間なく流れる無数の滴、篠突く雨。オリーブ色の外套を着てフードを深くかぶり歩く小柄な人の幻影がまだまぶたの裏に残像を遺していた。
吐息が洩れる。
表面的には、イラフに殺されることがイラフへの復讐になるとチヒラが考えていたかのようにも見える。だがあの状況で、イラフが殺すはずがない。それをチヒラが理解しなかったはずもない。
どうすればよかったのか、どうすべきだったのか、到底、答があるとは思えない。
だがそんなことはどうでもよいことだ。
いずれ死すべき運命なのだから。
それまではせめて、生存に伴って与えられた仮の価値を信じて生きよう。けれども。
魂を解放されて生きたい。自由な空想の日は来るのか。マラルメが夢見たような。
あゝ、我らはいつ解放されるのか。いつ自由に。それは死なのか。死しかないのか。死は厭うべきものなのか。
死は大いなる自然の摂理である。そうであってもそれは厭わしい。恐らくは理由がなかったとしても、厭わしいに違いない。死を厭うこともまた、大いなる自然の摂理なのである。
だが、それがわかっても心は納得しない。
探れば探るほど、つかむものがなくなっていく。
せめて魂を焦がして生きたい。戦士のように、戦士らしく。
振り返るとき、今日まで魂から迸り生きて来たであろうか。偽りの追従で、気遣いという釈明に追われ、ただ汲々と、自分をも誤魔化し、薄い翳のような日々を生きて来てはいなかったであろうか。
だが、たとえ、すべてが偽りの、束の間の現象であったとしても、他に現実がないならばそれが我が生の、唯一の真実である。どう思うかは心々でしかない。
さあ、もう疲れてしまった。せっかくの雨の土曜日ではないか。
窓辺に坐って、じっと降るしずくを眺めて過ごそう。
完
いらふ しゔや りふかふ @sylv
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます