第40話 死闘
「くそっ、ここで邪魔するか!」
イラフが思わず歯ぎしりするが、チヒラは冷めた表情で、
「いや、ここまで何事もなかったのがふしぎだ。シルヴィエ側は絶対に、ぼくらが来ていることに気が附いていたはずだ」
ユーカレが、
「ふ。
その議論は後でしようか。見ろ、アグールもいる」
ハラヒも緑の髪を揺らしてうなずき、
「ええ。しかもイジュールもいます」
「それに」
イラフが言った、
「見たこともないのが二人いる。何だ、あの化け物どもは」
初めて見る二人の女戦士の一人は翼があり、下半身は鷹のようであった。顔には血の気がなく、死人の表情をしていた。どこか土偶のようでもある。
もう一人はケンタウルスのような体で、下半身が獅子の首から下で、前後の脚があり、獅子の首から上であるべき部分が筋肉の盛り上がった女戦士の上半身になっていて、その上半身の全体に獅子の鬣のような長い毛が黄金に煌めいてなびいている。
チヒラがクリムゾンの髪を傾けて肩をすくめ、
「つまりはジンと四天王の勢揃い、っていうわけだ」
ユーカレが補足し、
「翼のあるのがユイス、ライオンもどきがゼノだ」
「マリアが心配だ。戦う暇はない。状況的に、これほど気の進まない戦闘もあまりないな」
イラフはそう言って微笑した。
「私が行く」と言って、レオンが馬車を降りた。「いや、止めるな。止めないでくれ。今回ばかりはどうしても行く」
「むろん、わたしも行くさ」
イラフも降りる。
他の三人も降りた。ガリア・コマータ隊長のストランド、外国人傭兵隊長のバルバロイ、海軍特殊部隊少尉シルス、陸軍特殊部隊少尉ジイクらはそれぞれの兵を率いて騎乗のまま進んだ。
レオンはその戦闘でジン・メタルハートに向かって大きな声を張り上げ訴える。
「聖なる不可侵の禁足地アクアティアでさらわれたエルフがいる。彼女は彼女とよく似た女性と間違われ、さらわれたのだ。そのことを知っているか」
メタルハートが冷厳に応えた。
「知っている。サムとベンという者らがさらった。奴らは禁を犯した。禁を犯した者は何人であろうとも罪で処刑される。奴らももはや地上にはいない」
レオンが焦りと悲痛の表情を浮かべる。
「マリアは」
「エルフは追放される」
「彼女は聖なる場所からさらわれた。元の場所に還すべきだ。聖なるエオレアに使えていた」
「ヒムロまで連れられる途中で二人の男によって世俗の穢れに汚されてしまった。もはや聖なる場所に相応しくない。二度とアクアティアには戻れぬ場所に追放する」
「バカな。彼女に罪はない」
「誰にも罪はない。神は無謬だ。しかし裁きはある。それがどうした。愚かなことを」
「ならば通せ。止めるならば止めよ。私は突破して行く。人々を説き伏せる。皇帝をも」
「愚か者よ。たとえヒムロに到達したとしても、禁を犯した者は処刑される。さように言ったつもりだったが、聞こえなかったか」
「何!」
「おまえは処刑だ。我が裁きの剣を受けよ」
「聖なる禁足地ではあるが、足を踏み入れたからと言って、即処刑、などという法や掟はなかった。いつからそうなったのか。
いや、たとえそうであったとしても、正しい目的であれば必ず赦されるはずだ。赦されなければならない。
法は手段であり、目的は正義だ。主客転倒すればそれは悪だ。
第一、あの場所を訪れた人間は少ないのかもしれないが、現実的にいないわけではないではないか!」
「言葉は言葉に過ぎない。皇帝の命で物事は動く。神がさように定めた。第199祖なる絶対神聖皇帝が唯一の法だ」
「では禁足地に足を踏み入れた者は無条件に死刑なのか。確かにそうなのだな。ならば、私は言おう。皇帝を処刑せよ。なぜならば、皇帝も同罪だからだ。5年前、皇帝もあの地に足を踏み入れている」
「知らぬわ。
さっきも言った。言葉は言葉に過ぎない。うんざりだ! 我はただただ実行するのみ。貴様は死すべき」
「どけっ、下郎! 私は皇帝の不正を糺す。絶対神聖皇帝たる者、不正であってはならない、どのような理由であれ!」
レオンが激しく叫ぶ。
「何んだと、貴様!」
ジンの形相が凄まじくなる。
静かな声でレオンは言う、
「おまえは悪だ。去れ、邪悪なる者よ」
緑の髪をなびかせてハラヒも進み出た。
「そうだ。おまえは悪だ。ハン・グアリス平原の虐殺を忘れたか。罪もない女やこどもまで殺した。天をも焦し焼き尽くすこの激烈な怒りを知れ!」
冷然と睥睨するジンは、
「言いたいことはそれだけか。さっさとかかって来い」
モス・グリーンのまつ毛を翳した冷たいまなざしでイラフが進み出て、
「愚かな」
とつぶやく。全身のオーラが激しく燃え上がっていた。彼女はそれがアクアティアで得た境地であることをこの瞬間に明確に実感する。心塵を落とし、世界生命に触れている。
メタルハートが眼を瞠(みは)った。
「ほう。
変わったな」
イラフはそれに応えず、青眼に構え、
「神彝裂刀、その真髄を貴様に、今初めて見せよう」
飛ぶ。
「むん」
まばゆいまでの大きな火花が激しく散る。ジンが剣でイラフの剣を受けたのだ。
「お、おのれ」
メタルハートの眼が睜(みひ)らかれる。イラフの剣を押し返す。大きく振りかぶる。
上段から一気に振り下ろした。イラフは避けながらジンの上へ飛び、斬り附けるも、かわされ、横から迫った黒剣をすれすれで逃れ、刃に乗り、至近距離から再び斬り附けるも、籠手で受け止められる。いや、ジンの認識からすれば、受け止めたはずであった。しかし。
籠手が砕け、砕けて落ちた。
「ぬうう」
メタルハートが眼を剥く。驚愕と恐怖で。周りの者は呆気に取られた。彼女が苦戦することを想像していなかったからだ。
アグールが叫ぶ、「奴を斃せ」
「おお」
ゼノとユイスが進み出た。
「そうはさせるか」
チヒラが応じる。ミュールで地を蹴って飛び上がると、三叉戟『天真義』と楯『地真義』を顕現させ、ゼノを制した。海軍少尉シルスは将兵を率いてジンの加勢に進むユイスに向かって突撃する。
イジュールがシルス少尉を阻止しようと向かうも、チヒラの做(つく)る青い炎の壁に阻止された。動きの止まったイジュールの腿をハラヒが『きよかみ』で斬る。
アグールがチヒラの集中を断ち切ろうと迫った。それをユーカレが剣で制し、「貴様の相手はじぶんだ」 陸軍少尉ジイクが助太刀しようとして来たが、「手出し無用。ユイスをやれ!」と叫ぶ。
冷凛剣が黄金に燃えて純白のトーガに黄金が映った。首の刺青の神咒も強く燦めく。彼女は柄を両手で握って剣尖をまっすぐ天に向けて右方に構え、斜めに斬り下ろしつも、アグールが受け止めようと突き出した剣に当てずにかわし、そのまま背後に廻して頭上に放(ほう)り、また両手でつかんで上段から振りかぶった。アグールはすかさず飛び退きかわすも、ユーカレが飛鳥のように跳躍して、猫のようにしなやかに追いすがり、一気に間合いに入って、右につかんだ剣で下段より裂き上げようとする。アグールは横にかわしてユーカレの側面に立つも、白き左拳でしたたか殴られ、「ふぐゎっ!」
ユーカレに断られたジイクは海軍特殊部隊を率いてシルス少尉を援護するため、ユイスに立ち向かい、バルバロイの率いる外国人傭兵部隊がチヒラとともにゼノを追い込んでいた。ガリア・コマータは騎馬でイジュールを囲み、ハラヒを援護する。勇猛果敢なストランドの兵はイジュールを苦戦させる。ここはよしと見たハラヒはイラフと闘うメタルハートの方へ攻撃を転じるため、身を離し、女傑に向かって立った。
「貴様は勝てない。貴様は悪だ。二十万の人々の恨みを知れ!」
そのときイラフは再び青眼に構えていた。
瞑目し、甚深微妙なる気を読む。世にはさまざまな気が横溢している。係わり合い、複雑系的に絡む因果関係をなす。これを読み解いて世界の情報構造を解し、十一次元の時空の中で、因果の一つであるジン・メタルハートを捉える。
「天誅!」
ハラヒが叫んで振りかぶり、ジンの刃と切り結ぶ。その刹那、イラフは弾丸よりも速く疾駆し、メタルハートの間合いに入る。体を地面と平行に倒して振りかぶり、水平にジンの鎧の銅を裂く。
「ぅぐわゎあ」
初めて聞くメタルハートの絶叫に四天王すら震撼する。
その隙を逃さず、ハラヒが水平に『きよかみ』を振るってジンの首を狙う。同時にイラフは眉間を突こうとする。
しかし神をも凌ぐ闘神ジン・メタルハートはハラヒの刀剣を噛んで銜え、イラフの剣尖を兜で頭突きして弾き返し、奇声を上げる。
「ぬぅきゃぅぉおおおおーっ!」
渾身の力を込めたジンの一振りの剣がイラフとハラヒを同時に襲い、一瞬空気が裂かれ、摩擦熱で炎と燃え上がり、後につむじ風が起こる。
ハラヒとイラフはかろうじてかわすも、体勢は大きく崩れた。もしメタルハートが気勢を上げたときに口を開かなければ、剣を銜えられて(ほんの刹那だが)動きの止まっていたハラヒは斬られていたかもしれない。
ジンは二人の体勢の崩れを逃さず、怒涛のごとく襲う。イラフは気の力を以てその剛剣を受けるも、足が地面にめり込む。
ハラヒはジンの足下を狙い、斬りかかった。メタルハートは『きよかみ』を踏んで止める。ハラヒが腰の短剣を抜いてくるぶしに刺す。
「阿毘羅吽欠蘇婆訶(あびらうんけんそばか)!」
叫んでイラフは受けていた大剣を鉄棒のようにぐるりと廻り、その上に乗ってジンの兜を縦裂きに真っ二つにする。
「ふぬぐわ」
メタルハートの髪が解放されてなびく。よろめくかと思いきや、腕を広げ、胸を張って仁王立ちになり、
「ふわあああああ」
全身から放射状に発射される闘気にハラヒもイラフも吹き飛ばされる。凄まじい勢いで、二人は背中や腰を強打し、動きが止まった。
「貴様ら、よくも、よくも・・・・」
そううなりながら歩み寄る。
「切り刻み、肉片にしてやる」
しかし、その足は止まった。白眼を剥いて昏倒する。
「おお、ばかな!」
アグールが切り結んでいたユーカレの剣を払い、メタルハートに駈け寄る。
「退却だ、ゼノ、来い!」
「ちくしょう!」
イジュールもユイスも寄って来た。
「覚えておれ!」
アグールはゼノの背にジンを載せて応龍に乗り、飛び去ろうとする。
「あゝ、待て、逃げるな!」「卑怯だぞ!」「追え!」
しかし敵を追い込めるような状態ではなかった。味方の損傷も相当なものだったのである。
ジイクは深手を負っていたし、バルバロイの剣は折れていた。負傷者は将兵の八割近かった。まさに死闘であった。
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