第36話 聖闘士アムト団の兵士、ベンとサム
その平原の北の果て、片隅にある小さな森で、二人の山賊まがいの男が悪事を企んでいた。まるで醜さと卑しさと粗暴のカリカチュアのような登場人物。
「皇帝のお褒めに与(あず)かれるんだな」
「あゝ、イヴィル猊下の話を聞き逃さなくてよかったな」
「運があるんだ。こいつを借りることができたのがそもそも幸運だ」
傍らに大人しく待つ小さな龍を満足げに眺める。翼のある龍で、応龍と呼ばれる種類の龍であった。特に今回、彼らが乗って来たのは、応龍の中でも比較的小型のもので、密かに行動するのに適している。
「しかしおまえに操れるとはな、驚きだったぜ」
「ふん、任せておけや。飛行機はだめだが、これなら大丈夫だ。俺の婆ちゃんはな、魔女だったんだぜい」
山賊に見えるが、実は山賊ではない。神聖シルヴィエ帝国の聖殉教騎士アヴアロキの従者アムトの配下で組織する聖闘士アムト団の兵士、ベンとサムだ。
元は町の破落戸(ゴロツキ)だったが、警察に追われたため、アムト団の厩舎清掃係として身を隠し、数年を過ごすうちに資金調達の腕前を見込まれて兵士に格上げされた者だ。
イヴィルが聖殉教騎士の屋敷を訪問したとき、車寄せで馬車を預かって客用の贅沢な厩舎に引く役目を命じられたが、馬車を降りる際に大枢機卿がふと口にした言葉を聞き逃さなかったのだ。大枢機卿は嘆息しながらこう言ったのだ。
「あゝ、アクアティアのエオレアを奪取すれば、皇帝から崇高な賞讃と無限の褒美と永遠の栄誉を得られるだろうに・・・・・」
二人はアクアティアのエオレアとは何かを調べ始めた。アクアティアが禁足地である他はなかなかわからなかったが、偶然、一夜の宿を求めてアムト団の宿舎にやって来た巡礼の僧がこんな話をしたのである。
「エオレアはアクアティアに女性だけで住んでいる。そこは禁足地で周囲数百㎞には誰も立ち入ることがない」
ベンは興奮を抑えて尋ねた。
「アクアティアってのは、ずいぶん広そうですが、その家ってのは、どの辺にあるんでしょうね」
「さあ、そこまではよく知らないが、真っ平らなその平原の中心にあるらしい」
「そうですか、そうですか」
そのしばらく後、たまたま「休暇を取って遠出をするのに、どんな乗り物が良いだろう」と雑談していたら、面識のない団員が会話に割って入って来て「知り合いから応龍を借りることができる」と言い、すぐに借りて来てくれたのである。驚くほど、あっという間の仕事であった。二人はかくして平原を飛んだ。
脂ぎった指を舐めながら、眼を飛び出させるかのように地図を眺めていたベンが言う、
「ここじゃねえか、おい、相棒よ。さあ、どうだい。この辺りが平原の中心らしいぜ」
家はすぐ見つかった。するとどうだ、常人とは思えぬ一人の美しい女性がその近くで花を摘んでいるではないか。サムが指差した。
「おいおい、ベンよ、あれ、あれじゃねえか」
ちなみにイラフたちは一行もその近くにいたのだが、草でカモフラージュされていたため、ベンもサムも彼女らの存在には気が附かなかった。
「おお、間違いない。女性しかいないはずだから」
二人は巡礼僧の話を捉え違いしていた。(二人の)女性しかいないというニュアンスで言った言葉を、女性独りしかいないと捉え違えたのである。固有名詞がエオレア一人しか話題に出て来ないため、先入観があって、そう思い込んでしまっていた。急降下する。
下を向いて花を摘んでいたが、何かが迫ることを感じて振り向きながら上を見上げ、「あっ!」と叫ぶような表情をする。眼が恐怖で見開かれる。
「さあ、おとなしくこっちへ来いや、エオレアちゃん。こりゃあ、別嬪じゃねえか」
ぎらぎらと欲情した眼で、サムが応龍を飛び降りてニタニタ笑いながら歩み近附く。
「え!」
マリアは言われたことが理解できなかった。余りのことに自分がエオレアと勘違いされていることに思い至らなかったのだ。
ベンも飛び降り、
「さ、サム、ぐずぐずするな。さっさとかっさらっちまうぞ!」
「おうよ、わかってらい」
汚れた手でつかみかかる。
「あれえ!」
「じたばたするな!」
「さ、エオレア、俺たちと来るんだぜ」
「あれ、あなた方は何を言ってるの、何の事だか」
「へへ、すっ呆けたって、こっちにゃすっかりわかってるんだい、でへへへ、そーら、おいで」
「ああ、やめて! やめて! 助けて! 誰か!」
その少し前。
地上から応龍を見つけたガリア・コマータたちが口々に叫んだ。
「あれは何だ?」「おい、あれは?」「龍だ、龍が」「おお、何かを狙っているみたいだ。旋回している」
隊員の騒ぎを聞きつけたストランドは急いで知らせる。
「異変です。あれを見てください」
イラフたちは首を出したが、平原に何も見えない。
「何もないじゃないか」
「空です。上を見てください」
「あ!」
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