第27話 帝国史学
聖者イヰが齊歴4979年に遺した教えを信仰する人々が創った宗教国家、それが神聖シルヴィエ帝国だ。
広大な国土は面積42,402,200㎢。北部は北極点に達する極寒地で、国土の2割を永久凍土が占め、大人口を養える環境にはなかったが、領内に大火山をいくつか有し、地熱温水を農業に生かし、各地域に巨大な温室とも言える幾層ものガラス張りの空中庭園を造り、天候に左右されない世界最大の超巨大穀倉地帯をなし、帝国内の全人口の7倍を養える生産量を誇っていた。
また鉱物資源が豊富で、鉄鉱石や金銀銅や貴石の類が大量に採掘される。また燃える黒い地下水も大いに汲み上げられた。
水源も豊かだ。大河や湖もあり、その上、火山から噴出する大量の熱湯を使って、雪や氷を溶かし、利用した。
歴史的にトナカイやエルク(ヘラジカ)、オーロックス、羊などの牧畜も盛んで、それに伴う毛織や皮革製品も豊富である。
林業は乏しくはないが、針葉の大樹が無数にある他は、他の産業に比して超絶の規模、というわけではなかった。
「布教のために我が胸は鋼のごとし」
血も涙もなく、鋼鉄製の心臓を持つという意味だ。
これは最初の神聖王となったイバンバロイ(在位:齊歴7985年-8035年)の言葉だ。その心は鋼のごとく過酷で、非情、不屈不退転で、布教のために容赦なく侵攻し、征服し、苛烈に蹂躪し、領土とした土地に住む民を強制的に信徒とし、信徒を兵とした。その兵を以て、さらに侵攻し、征服し、世界最大の領土を誇る超大国へと成長したのである。
国民は世界を聖教の下に正しい道へ導くため、不眠不休で努力した。科学は劇的に発達し、帝国は自動装填銃や自走式火砲装甲車、ジェット戦闘機を開発するまでに至った。比較するに、他国では未だ剣や弓で戦っている。技術の進化した国でも火を使う鉄砲か大筒くらい、あとは投石機などしかなかった。
シルヴィエの侵略が止まらないのは当然である。いや、むしろ、なぜ未だに世界が全覇されないのか、ふしぎなくらいである。
一つには、この世界(IE)のルールのためであった。
イデア・アースIdea Earth(イデアの大地)のルールとは単純明快、現実世界には絶対に存在しないルール、即ち『正しい者が勝つ』ということだ。それが決まりだった。そのようなプログラムであった。物的な力が無条件に圧勝する劣汚な世界ではなかった。
もしシルヴィエに信仰がなかったら、物質的に優位であっても、隕石の落下や大震災など、高度な科学を持った時代の人間であっても及ばない巨大な力によって、たちまち滅んだであろう。
神聖帝国の歴史学によれば、この国の歴史は次のように説かれている。
最初に、聖者イヰが寒村シルヴィエに突然、現れた。
わずか1年の布教後、数名の信徒を残して処刑され、聖教は一度絶えた。しかし5012年に伝承されたわずかな教えを聞いたカパロシモがこれを広め(後に彼は第2祖と呼ばれた)、5年後に処刑され、2年後の5019年にリュージュが組織を整えて完全な地下活動を行い、5041年、数百の信徒を得て厳しい山岳地帯に隠れ、極寒の過酷な環境に堪え、自給自足の生活をした。このときの伝統が後の農牧業の大発展に繋がる。
5049年の第4祖から7800年の第138祖までは迫害、離散、逃亡、流浪の繰り返しであった。
しかし第139祖のピシュス(7801年-7856年)が遊牧民族フンヌの族長ピン・ハロイと友誼を交わし、一族を信徒に迎え(フンヌ族は信仰文化に寛容で、天神を信奉すれば、どの神を信じようが自由であった)、勢力を一気に武装化させ、地方を統べる豪族のみならず、国王すらも容易に手が出せなくなった。聖教の自治区域は次第に拡大発展し、7849年、遂にカペロニエ王国との戦争となる。
2年に渡る闘いの末、勝敗つかず、7851年、和平交渉に至り、神聖シルヴィエは正式に領地を認められ、特異な直臣として男爵(バロン)の位を授かるが、5年後、ピシュスが逝去すると王が裏切って第2次戦争が始まり、王国は斃れ、7857年、第140祖カムガイはカペロニエの領地を制圧し、神聖シルヴィエ共和国を創って世界初の宗教国家をなし、聖教最高会議の議長として、国家組織に於いても最高権力の座に就く。
するとあたかもフランス革命時におけるヨーロッパ諸国のように、各国が革命政権への攻撃を仕掛けて来た。
100年戦争が始まったが、過酷な戦争状態のため、聖教内の裏切りも多発した。7985年、第148祖イバンバロイは鉄の統制を敷くため、共和制を廃して王政とし、王以外を臣下とする絶対君主となる。かくして国を一丸として周辺各国を打破、一大国家を築き上げて神聖シルヴィエ王国と称した。
9001年、ノルテの8割超を支配し、世界最大領土を誇る超大国、最も富裕な世界№1の経済大国、世界最強の軍事超大国となり、シルヴィエは神聖シルヴィエ帝国と国号及び国制を革め、皇帝は絶対神聖皇帝として君臨した。
初代は超絶神聖皇帝ジュリイ(第196祖)である。※彼は特に『超絶』と呼ばれる。
ジュリイは首都ヒムロ(非无呂)を大改造した。
ヒムロはノルテの最北端、永久凍土のクレムペトロ半島の北、永久に凍結した北氷絶海に囲まれている。
正方形の城壁で囲まれ、その四方各辺が正確に東西南北に位置した。
城壁の一辺が長さ100㎞で、高さ100m、厚さ100mの壁に囲まれ、しかもその城壁から100mの間隔を置いた内側に、第二の城壁があり、高さ200m、厚さ200mであった。
しかも驚くべきことに、その100m内側にも城壁があり、高さ300m、厚さ300mで、すなわち全体として三重の城壁が帝都を護っているのである。
城壁の上には常時、百万人の兵が武装して構えていた。
ちなみに、神聖帝国軍は全正規兵一億を誇り、その他に予備兵が第一次で二億(第一次予備兵は交替で一定期間、各都市の警戒警備や比較的軽易な紛争地域への派遣など、補助的な任務に就く)、第二次で五千万、第三次で五千万、第四次で一億人いて、総計最大五億という途方もない数を有していた。首都防衛に予備兵含め百万の兵を使うなど、いともたやすいことなのである。
さて、話をもどそう。
全長400㎞の城壁には、外に向かって東西南北の四つの門がある(四つの門しかない)。北門は凍結海の氷道に、東西南の三つの門は諸国へ伸びる大街道の起点となっていた。
逆に三重の四つの門からうちに向かうと、都を十文字に仕切る大行列道路に繋がっている。道路の幅は約1㎞で、十文字の交差部が帝都の中心部であった。
その中心にあるのが聖大神殿である。
尖塔の高さは4㎞に及び、頂上に聖なる象徴で、「I・Y・E」の聖三文字を重ねた神聖文徴が燦然と荘厳されている。
塔の東西南北には控え壁のように直接的に塔を支える高さ1㎞の支尖塔があった。
真上から見ると、本塔と支塔で短く太い十文字をなすようなかたちだ。
塔は漆黒の燿岩と象牙と緋色の貴石とラピス・ラズリと黄金で荘厳されていた。イオニア様式の円柱や薔薇窓やアーチや聖文字の透かし彫りや聖人の彫像によって繁文縟礼的に飾られ、その壮大荘厳無限なありさまは人為とは思えぬ凄絶さであった。
東西南北の支尖塔はそれぞれに長さ1㎞の列柱廊を各々の方角(東西南北)へ延ばし、その先端には高さ2㎞の尖塔が屹と聳え立っていた。そしてそのまま、東西南北の大行列道路に繋がっている。
初代皇帝ジュリイは戴冠式に自らの手で燦然たる王冠を頭に上げて被り、金の刺繍で炎の翼を有する龍の縫われた、長さ10mの貫頭衣を身にし、金剛と黄金の杖を持って宣言した、
「今、朕は神なる真奥義なり。論考を超え、言説を超ゆる」
これを絶対宣言という。最初の絶対神聖皇帝であり、絶対不二なる宣言をした彼は後に超絶神聖皇帝と呼ばれた。
以来、第199祖にして第4代皇帝ジニイ・ムイまで、皇帝は絶対神聖皇帝の尊称で呼ばれ、崇拝されることとなったのである。
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