第22話 宗教画の謎
銀嶺なる国境の山を越え、華の王国フロレチェに入り、北部のミラレセという町に着いた。厳しい寒さに凍えたが、大いなる商業都市は燃え咲くような芸術の街でもあった。
この日、ようやく外国(大華厳龍國以外の国)の傭兵が数名追い附いた。バルバロイという隊長が率いていた。
「素晴らしい都市だね」
双眸を朝の水面のように輝かせてイラフが言う。
遠くにドーム型の大聖堂のオレンジ色の屋根が見える。
大商人が競って屋敷を飾る彫像や絵画を求め、芸術家の地位は高く、詩人は崇敬され、文化が生命の必須であると謳われた。
古代のカノン(規範)が追究されるとともにアヴァンギャルドも熱い。時折、歴史古き街を、大胆で斬新なコンセプチュアル・アートが蓋うこともあった。
ファサードに薔薇窓と黄金のイコンを掲げる大聖堂に荘厳された数々の宗教画は神聖崇高の極みである。
「一度見ておきたい」
エルがそう言った。
白き髪のユーカレはしばし考えたが、
「ふ。それもよい。行ってみるか」
藤色のまつ毛をつんと上げてボルドー・カラーの髪を指に絡ませるチヒラも、
「ふふん。そうさ。ぼくらがいれば問題はない」
「待って。斥候や先遣隊の報告は」
ペパーミントの眼光を尖らせるイラフの問いにストランドが応え、
「今のところ市街地の中は問題ありません。調査隊は現在、報告をまとめ、出発の準備をしています。先遣隊は町の各所に散って警戒を継続しています。
斥候隊と偵察隊は既に町を出ましたが」
「ふ。行けばわかる。ま、このままで済むはずがないと思うが」
ユーカレはそう言った。
「ちっ、何なんだ、あいつは」
チヒラが舌打ちする。
大通りを馬車で進むうちに歩道沿いに新聞売りがいた。エルはそれを見逃さず。
「新聞を」
パウルがさっと降りて買い、エルに手渡す。
「ふむ」
馬車は再び動き出し、エルはしばし静かに読んでいたが、
「おお、遂に」
チヒラが振り返った。
「どうしたんだ、エル氏」
少し沈黙の後、
「シルヴィエの電撃的な和睦交渉。大華厳龍國への進軍を中止し、急遽和平条約を結び、海軍を撤退した」
「それは驚きだ」
そう言ってチヒラが藤色のまつ毛を強く開いて眼を丸くする。いつも冷ややかなユーカレも驚きを隠せず、トーガを締める太いベルトに下げた剣の柄をにぎり締め、
「あり得ない。なぜだ。ならば、じぶんらの闘いは、虚しいことだったのか」
「いや、まだすべては解らない」
「イラフの言うとおりだ」
エルがそう同意するも、依然としてチヒラは疑念を呈し、
「しかし、どう理解してよいのかわからないことは確かだ」
手のひらを向けて彼らの言葉を制し、エルは咳払いし、
「それだけではない。
西大陸(エステ)の超大国、ヴォードへの突然の宣戦布告だ、シルヴィエが」
モス・グリーンのまつ毛も上げてイラフが思わず声を上げ、
「あり得ない! だって和平の義を結んだばかりでは」
「そうさ。
だって、もともとノルテ(北大陸)の西端諸国と共謀したヴォードがシルヴィエを一方的に攻めていて、シルヴィエが大華厳龍國との闘いを優先したいがために結んだ平和条約だったはずだ」
紅の唇をゆがめてチヒラがうめくも、冷ややかにユーカレは、
「さぞかし憤っているだろうな、ヴォード帝国は」
「当然だ。これは裏切りだ」
といい、憤るチヒラに同意し、イラフも、
「卑劣な攻撃」
と言うも、まだ信じられぬように疑念を呈し、
「しかし、なぜ・・・」
誰も応えない。推測さえない。
皆の言葉が止まったとき、エルが決然と、
「もはや猶予はない。急がねば」
「ふ。じゃ、聖画は諦めて先を急ぐか」
ユーカレが金の眸で冷笑するようにそう言うと、エルはまなざしを深め、首を振る。
「いや。それは省略できない。行こう」
「省略できない?」
チヒラが藤色の睫毛を持ち上げてさように声を上げる。
だが、ユーカレは意外と思う様子もなく平然と、
「何であるかを理解できないが、どうやらそこへ行く必然性があるようだな。だとすれば、敵もそれを知っていて、待ち伏せている可能性がある。
まずは先遣隊を行かせよう」
そのようにした。
こわばった表情でストランドが報告する。
「推察のとおりです。
シルヴィエの精鋭部隊のいずれかでしょう。恐らくは『聖なる隷(しもべ)・殉教者たちの群れ』かと思われます」
「シルヴィエの? なぜだ? エル氏、説明していただきたい。あなたは、いったい」
エルは黙っていた。
「言えないのか。ぼくらを信頼していない、ということか」
「ふ。行くまでさ、チヒラ。
護衛がじぶんらの役目だ。問うことではない。行って敵がいれば闘う。それだけだ」
「やたら闘うのが戦士ではない」
「しかし、イラフ、どうするつもりか。ふ。エル氏はじぶんらが止めても行くだろう。ならば闘うしか選択肢はない」
眼光強くイラフはエルを振り向いて問うた。
「エル氏、行くことの意義は何か。ただ真・善・美のためか」
フードの奥から蒼く燃える双眸の彼は応えた。
「いや、そうではない。実践上、必要だ。事前に確認しておきたい。それ以上は言えない」
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