第18話  研究員サンディニ 

「セフイはグループ化した共有のアドレスで個別または集団の連絡を取り合う。チャットやeメール、通話が可能だ」


 打ち合わせから戻って来たチヒラがそう報告する。午前10時だった。


 その他いくつかの連絡事項を確認し合うと、イラフ、チヒラ、ユーカレの三名は二人用の修道僧居住室で、簡素なベッドに腰掛けて額を突き合わせる。

「しかし、皆目わからない。どう思うか」


 さようなイラフの問いに、純白のユーカレが涼やかな表情で応えた、

「ふ。疑念はない。全体として、さほどふしぎではない。ただ、護る対象がシルヴィエ人というのが馴染めないだけだ。慣れの問題だろう」

「軽く言うな。どのくらいの身分だろう。大司教が尊重するような存在だ」

 藤色のまつ毛を翳すチヒラも疑念を呈した。


「少なくとも大貴族以上、皇帝以下だな」

 ユーカレが金の双眸で涼しげにそう言うと、チヒラは少し頬を膨らませ、ミュールをカタカタ鳴らし、

「バカを言うな。絶対神聖皇帝ジニイ・ムイは帝都ヒムロHimuoorowにいる」

「ふ。わかっているさ」


 眼光鋭くイラフも問う、

「大枢機卿で帝国を離れた者がいるか」

 チヒラが首を振って、

「少なくとも聞いたことはない。ぼくらは知り得る情報でしか思考できない。それは万全ではないし、不備がないとは、到底、言えない。

 少なくとも大枢機卿が首都ヒムロを離れた話は、・・・聞こえてはいない」


 眉を寄せて思案しながらイラフがさらに問う、

「・・・では枢機卿か、大貴族か。誰が考えられるかな」

 チヒラは眼を閉じて肩をすくめ、

「大枢機卿と違って、枢機卿は数もいるし、名もほとんど知られていないから。

帝国の貴族に至ってはなおさら。まったく知られてはいない」


「エルの場合、若そうだから、大貴族の子弟ということも考えられないか」

「うん。あり得る。さらに情報が少ないけどね」


「そうだよね、大貴族にどんな人がいるのかを知らないのだから。そもそも身も蓋もない議論だ」

「ダメだな。これ以上考えてもわからない。解決不能だ。やめだ。考えてもわからない問題は考えてもわからない。

 それより現実問題に戻ろう」


 ミュールを鳴らしてチヒラがそう結論附けると、白いトーガを強く身に巻き直しながらユーカレが、

「で? それで帝国領を横切るといっていたが」

 チヒラも〝そうそう〟と頷いておきながら、どういうスケジュールなのかは知らなかったので、イラフの方を向きながら、

「で、イラフ、いったい、どこで馬車に乗り換えて隠密行動をするんだ」


 イラフが頬を輝かせて愉快そうに微笑する。

「実は」

 悪戯っぽい笑みを浮かべた。「ここなんだ」

「え!」


「案内するよ。時間はかからない。・・・と言っても、わたしも初めての場所だけど」

「なるほど。それでか。だって、聖ガレノンと聞いて反応したから、変だなって思っていたんだよね。知らない場所と言いながらさ」


 聖ガレノンの所有する牧場はサムカノン村という村が管理していた。緑豊かな丘陵の窪地にこんこんと湧く泉があり、森が囲んでいる。

 森の中には馬小屋があり、馬のいななきや時折ふしぎな神獣の声がした。


 研究員のサンディニが出てきた。修道士の服装だったが、無造作な口髭や縮れた黒髪は風体を気にしない学究の徒のそれだった。いかにもこだわりの強い、癖のある研究者、もしくは技術屋に見えた。

「こちらです」


 大きな納屋のような藁葺きの建物に案内された。藁が敷かれ、十数頭のポニーがいた。

「これがそうですか」

 イラフは思わず訊いた。

「そうです」

 サンディニははにかむかのように、理由もなくうつむいて答えた。

「ヨウクはほとんどポニーに見えます。鬣と尾が異様に長いことを除けば」

「ほんとうだ。かたちはポニーと同じだけれど、尻尾と鬣の長さは倍以上ありますね」


 チヒラとユーカレも予想外の動物の出現で、眉を上げて眼を丸くする。

「イラフ、これは、いったい、何だ。まさかこれで移動するのか。正気か」


 サンディニは少し不機嫌な顔になったがこういうことに慣れているようだった。

「龍の血を濃く引いています。龍馬と同じ、1200㎞を1時間で走ることも可能です」

「信じられない」


 そんな疑念と驚きには興味がないように研究員は言葉を続け、

「エサは馬と同じでも大丈夫ですが、霧や霞も食べます。巌に附いた雫を舐めるだけでも大丈夫です。

 今回は、砂漠地帯を行くようなルートはないようですが、水分補給には気を附けてください。寒さにはとても強いです」


 イラフは尋ねた、

「馬車もこちらにあると聞いていますが」

「届いています。こちらです。最高の匠が造りました。人数に変更があったと聞いたのですが、居住性に問題ないと思います」


 納屋を出て煉瓦造りの倉庫に入った。T型フォードのような自走機やライト兄弟が作った飛行機のようなものがいくつか置いてあった。


「これらは別の町にある鍛冶屋で密かに造られたものです。これらの機械式移動システムと、龍馬などの生物を組み合わせて使えないかなども研究しているのです。

 さあ、これです。平凡な旅商人に見えるようにというオーダーでしたので」


 幌タイプの、大型だが、平凡な馬車で、車輪も木製だった。


「車輪は特殊な材木で、実際はゴムのように柔軟です。接地面に微妙なパターンが刻まれていて走破性も十分です。サスペンションもかなり高性能なものを装着していますが、見た目にわからないように工夫しています。

 車軸には軽量で強靭な金属、オリハルコンを使用しています。フレームも同じくオリハルコンのラダー・フレームです。その上に乗るボディが木製ですが、実は材木と材木を張り合わせた中に厚い鉄板を挟み込んであります。

 荷台の上に張ってあるこの幌ですが、幌も幌を張るための骨も特殊で頑丈な不燃性のものを使っています。なお防御と防寒を兼ねて、馬車の幌の上にかぶせるために、大型帆船用の頑丈な帆を何枚か積んであります。

 幌の各所に、小窓として開けられるように、切り込みを入れてありますが、幌を重ねるときは、この切込みの位置が合うようにしてください。そうじゃないと意味をなさなくなってしまいますので」


「へー、こういう小窓、好きだな。・・・・・おかしいかい? 怪訝そうな顔で見ないでくれよ、チヒラ」


 サンディニはイラフらのやり取りを無視するように言葉を続け、

「座席はあえてベンチのようなタイプにはしませんでした。直接床に坐るような感じの低い座面に、ゆったりした背もたれの附いたタイプです。アラビック・ソファに少し似ているかもしれません。ただ、ご覧のとおり通常のシートのように列になっていて、アラビアのように囲む感じではないです。

 そのまま仮眠も取れるように低く作ったというのが意図で、特にアラビックな感じにしようとしたわけではないのです」


 座席の真ん中は通廊になっていて、通廊にも鮮やかな絨毯が敷いてあった。


「しかし鮮やかな明るい色使いで、見方によってはアラベスクのような模様だ」

「はい、せっかくそう見えるからそういう感じにしてみようかと思いまして」

「おかしなところに気を遣うね。この小さな天球儀みたいなものは何だ」

 チヒラが尋ねた。


「羅針盤です。一応、備えてあるのです。かなり正確なもので、星の位置測定器を兼ねています。それで形が少し似ているのです」

「商人という設定では、少しおかしくないか」

「そうでもありません。

 最近では、かなり使われていますよ。高価な物ではありますけれども、安全対策に投じる資金は年々増えて来ています。無事と平穏への意識はかなり高まってきています。

 生きる者の本質ではないでしょうかね」


「そうでもないさ」

 チヒラがさり気なくさらりとかく言うも、イラフは感心したように、

「目立たないところに高い技術が投じられているんですね。苦心していただきました」

「ありがとうございます。力の及ぶ限り工夫いたしました。

 さて、それから積み荷ですが」


 それを聞いてユーカレがノーズティカを微かな音をさせて冷笑し、

「ふ。いくら体裁を整えても、実がないと商人らしくないからな」


 半ば無視するように髪をかきながらサンディニは言葉を続ける、

「積み荷がないと商人らしくないので、搾ったオリーブのオイルの樽と赤ワインの樽を積みます。これからですが。それから琥珀や革、古い貨幣なども、錠前と鉄枠の附いた木箱の中に仕分けして入れておきます。

 それとは別に食事用に塩漬け肉の瓶詰や塩や小麦粉の袋を積んでおきます。

 後は、これです。ここに若干の工具、地図、防寒具を収納しておきます。あゝ、それから薪と焼き石用の石も少しだけ積んでおきます。

 焼き石は走行中の暖房用としても使えます。鉄の籠を使うか、そこにあるミニ暖炉を使ってください。それです、その鉄と煉瓦で組んだところです。そこで使ってください」

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