第16話  ピリピレオ2世、驚く

 チヒラは呆れ顔で、

「今頃、気が附いたのか。よほど印象がなかったらしい。

 まあ、いいや。しかし、まさかまたここで会うとはね。アグールを追って来たのか」


「追い続けていることに変わりはない。だがここに来たのは偶然だ。世に名高い修道院附属図書館を是非見ておきたい、そう思ったのだ」

「なるほど。ぼくらと同じだ」


 今度はユーカレが問う、

「君らは任務を終えたようだが」


 確かに、チヒラはスールでの情報収集を終えて報告を済ませていた。イラフもクラウドのイースと会って密約を交わし、報告を終えている。

「まあ、そうとも言える」

 チヒラは応えた。


 黒服の男が口を挟む。

「アグールは私を狙っている。

 ともかく秘密を守ってもらうことが必要であることを証明しよう。私の言葉だけでは、到底、信じられまい。当然のことだ。さあ、行こう。

 一緒に院長室へ来てもらいたい」


 三人は顔を見合わせたが、

「わかった。院長は世俗の権力を超越した方だ。信頼できる。すべての悪は世俗の価値を信じることから起こるのだから」


 四人は廻廊を廻り、司教館へ向かった。衛兵は黒服の男が来ると調べもせずに通す。


 長い廊下の先に修道院長室はあった。巨大と言ってもよい樫の扉の両側には装甲の聖騎士が立っている。扉が厳かに開いた。


 叡知の殿堂の主、ピリピレオ2世は深紅の僧帽に白い絹の貫頭衣、黄金の杖を持って玉座に坐っている。大司教兼修道院長はその厳しい顔に驚いた表情を浮かべていた。

「何と、いったい、これは、どうしたことだ」


 いつもの用心の癖で、部屋の中を見廻しながらも、イラフはこのときに初めてじっくりと黒服黒マントの男の様相を見ることが出来た。背が高い。フードから出ている顎はシャープで精悍だ。


 ユーカレが一歩進み出て名乗る。

「大華厳龍國、海軍精鋭部隊、憂寡羚です」

 それを見てチヒラも、

「陸軍精鋭部隊諜報部、千毘羅です」

「超特殊戦闘部隊『非』、外国傭兵部隊の尹良鳬です」


 僧帽から硬そうな銀色の髪をはみ出させる革のような皮膚のピリピレオは黒服の男に尋ねた。

「エル殿。説明していただこう」


 エルと呼ばれた黒マントの男はそれに応え、

「猊下。この者たちは私がシルヴィエの人間であることを知っています。しかも身分についても近からずとも遠からず察しています。

 そこまで知られては何も言わずに置くよりも、怪しい者ではなく、この秘密を守ることには意義があるということを証明した方がよいと判断したのです。すべては話せぬとしても。

 その証明は、ここに於いてはあなたにしかできません。院長殿。

 大義を説明することはできぬも、大義のあることを保証していただきたい。

 それに、院長殿、さきほど私はジン・メタルハート直属の女戦士に襲われたところを彼女らに助けられました。なれば何も言わぬは義に反すると気が附いたのです」

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