第15話 再会
実際、聖ガレノン修道院は素晴らしい場所であった。
左右に塔を備えた大聖堂のファサードから身廊を通り、側廊を横切って修道院施設に渉る。そこはパティオ(中庭)を囲む廻廊形式の建築であった。
廻廊には列柱がならび、列柱はアーチをなし、アーチの上部はトレーサリー(アーチの上部を飾る幾何学模様の透かし彫りまたは組子のような装飾)で装飾されている。
二人は廻廊をゆっくり歩きながら知の雰囲気に浸った。
「ここだよ」
チヒラが指差したのが蒼古荘厳たる附属図書館である。中に入ると高い天井の聖堂のような構造で壁面はすべて磨かれ装飾の彫られたオーク材の書棚で、3層構造になっていて、バルコニーのような廻廊が3段になって備わっていた。ミュールの音がよく響く。
「1000年を超える文書だけでも数千ある。それらはオリジナルのパピルスや粘土板、椰子の葉の経典、羊皮紙の写本などだ。こんな場所は世界でもそうたくさんはない。人間の知性の栄光だ。
ここは叡智の殿堂としてあらゆる権力から独立している。ここの最高位である大司教兼院長に国家の王の権限も及ばない。特別な地位、超越的な存在として、世界の正義と平和に貢献している。
さて、ところで、ぼくは少し自由に閲覧したいのだが」
「どうぞ。わたしも自由に見よう」
二人は別々に閲覧を始めた。
知の森をさまようようにイラフはさまざまな書籍を手にし、閲する。遠くにかすかに黒いマントの男を見たような気がした。近附くとあの男だった。熱心に古文書に見入っている。室内にもかかわらず、深くフードをかぶっていた。何を見ているのだろう。好奇心に駆られてイラフは進む。
男はペパーミント・グリーンの双眸の光に気が附いたかのごとく、わずかに振り返った。そしてあたかもちょうど読み終えたかのように自然に立ち上がって本を戻し、去る。イラフは足を速めたが、見失った。彼が見ていたであろうと思われる書籍を探す。確かこの位置に本を収めていたが。表紙の色は、確か・・・・・
「あゝ、これは」
その冊子の背表紙に浮き彫られ表題は『奥義の書・大曼荼羅真義』。手にとって少し頁をめくってみた。非常に難解な書物である。
「世界曼荼羅・・・? 時空と歴史による秘術? 実践非論理性? 何のことだ」
イラフには理解できなかった。チヒラを呼ぼうとしたが、姿が見えない。探したが、いない。どこにも。
もしやと思い、パティオのある廻廊に出てみた。
「あれ?」
チヒラの姿は見えなかったが、見失ったと思っていた黒いマントの男がいたのだ。人影のない、列柱に囲まれた四角い中庭を横切っている。
四角い平面を斜めに横断する黒い姿は音声のない映像のようであった。
それも束の間、突如、屋根から降りてきた影がある。紅きアグールだ。マントの男が振り向き、剣の柄をにぎる。アグールが大鉈(おおなた)のような刃物で襲う。
助けるべきかどうか迷ったが、体は中庭に飛び出していた。しかし、それよりも速く白い影が過ぎる。イラフがあっと驚き叫ぶ、
「ユーカレ!」
それは純白のマントを翻し、金の双眸に白き髪とトーガのユーカレだった。長き冷凛剣を振るう。その華麗な動きは千手観音像のようでもあった。五月雨に乱れ、あらゆる方向より変幻自在に斬り附ける。オーロラのようにも見えた。
「くそっ、また貴様か」
アグールが憤りを剥き出しにする。ユーカレに遅れたイラフも、
「加勢するぞ!」
と剣を振りかぶる。どこからかチヒラも飛び出て来た。『天真義』を出す。黒マントの男はフードを外さず、剣を抜く。構えた。
「ち、多勢に無勢か」
さすがのアグールも不利と思ったか、またも屋根に跳び上がり、
「次は貴様らの命はないぞ。ぎゃははは」
そう哄笑して去る。
「ふう。また逃がしたか」
ノーズティカ揺らすユーカレはそう唸ると、マントの男を振り返り、
「あなたはどうしてアグールに狙われているのか」
男は黙っていた。礼も言わず、背を向けて去ろうとした。
「ちょっと待って。礼の言葉ぐらいあってもよいのでは」
チヒラが桃色の眸を濃くして憤り露わにし、いさめたにもかかわらず、男は歩み出し、それを見ていたイラフとて言わずにはいられない、
「貴殿、失礼であろう。シルヴィエの殿よ」
相手は足を止めた。
「シルヴィエだと、それはまことか」
ユーカレがそう言ってイラフを見る。
「あゝ、しかも高貴な身分だ」
チヒラがそう補足すると、男はいきなり振り返った。
「それ以上、言うな」
抑えてはいるが、厳しい語調だ。
ユーカレはいぶかしがる。
「しかし、なぜアグールがシルヴィエの人間を襲うのか。ジン・メタルハートは今や神聖シルヴィエ帝国に属するはず」
男はその疑念に応えず、黙っていた。思案しているようだった。
チヒラも猜疑を抱く。
「言われてみれば確かにそうだ。しかも高貴なる身分のはずなのに・・・」
黒尽くめの男は手で戦士らの言葉を制止する。
「もうよい。わかった。ところで、まず訊きたい。君らはどこに属する者たちか」
切れ長の眼の中の金色の眸を鋭くし、一歩進み出たユーカレが代表して応えた。
「我らはオエステのものだ。剣を見れば察しが附くだろう」
「大華厳龍國だな」
「そうだ」
三人が同時にそう応えると、シルヴィエ人は彼らを凝視し、こう言った。
「その証はすぐにわかる」
この段になって、ユーカレはイラフとチヒラとに以前、会っていたことに気が附く。
「こんなところで再会するとはな」
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