第4話  国際情勢

「それこそ計り難い神慮なのだろう。

思い煩うな。我らの前にはただ現実が横たわるのみだ。どうあれ、闘うしかないんだ。この理想世界に於いてさえもね」


「そうですね。余計な話をしてしまいました。さあ、目的を果たしましょう。まずは自己紹介させてください。

 わたしはリョンリャンリューゼン(龍梁劉禅=大華厳龍國)に雇われた者で、島嶼国家コレイ(古羚Κόρη)で生まれ育ったコライ(古雷:コレイの複数形。コレイ人の意)です。

 両親は貧しく、地元で子供たちに無償で学問を教えていたラオ師に就いてイア(非在)を学び、先生の勧めに従い、7歳のときに国を離れてリョジャド(龍蛇土)や大華厳龍國で武の修業をしました。特に大華厳龍國の真正義神奥寺でイアの奥義とジムイ(神彝)を学び、『非(イ)』のうちの傭兵部隊となりました」


 彼女の言う『非』とは、大華厳龍國最強の特殊部隊である。

 命知らずの軍隊でその狂破非情冷厳不敵峻酷は世界中から怖れ、シルヴィエ帝国の『屍の軍団(聖教のために命を棄てて生きながら屍となった軍団)』に匹敵すると言われていた。


 イラフ自身もアンギラの戦闘などさまざまな戦いに参加しているが、彼女のような外国出身の『非』は正規軍よりも格下となる傭兵部隊として別途に雇用契約されている。


 失敗や裏切りは必ず死で報いられ、また解雇後は一応、自由の身ということになるが、その実態は秘密厳守のため抹殺され、魂が身体からの自由を得させられてしまうという末路となってしまうのであった。


「そうか。

なるほど君はカムイ(神剣士)なんだ。神彝裂刀(カムいさきとう)の使い手か。

 しかし『非』の中で、カムイは少ないのではないか」

「そうです。

神彝裂刀はどちらかというと、リョジャドやコレイなどの大華厳龍國の西にある島嶼が起源なので、卑しく思われているのです」

「ふむ。狭量な考えだが、因習は人が思う以上に人を支配している。それは悪だが、根絶やしにはならない。自覚されにくいせいもある。習慣を超えて客観的視点で物事を見ることはとても難しいことなのだ。

 しかしコレイ生まれで、リョジャドで暮らした経験もあるなら、辛い思いもしたんじゃないかな。

 数年前、『非』はリョジャドのアンギラ(リョジャドの一地方都市)で大きな戦闘を行い、市民も含めた多数の犠牲が出たと聞く。

 アンギラのリョジャド人は市民までもゲリラとなって戦ったが、コレイ出身の外国人傭兵部隊や超特殊部隊『非』の容赦ない襲撃によって殲滅され、非戦闘員にも多くの犠牲者が出た、と。

 もしかしたらその功績で今回の任務が任されたのかもしれないが。いずれにせよ、この難しく、危険な任務が命ぜられたということは、外国人にしては、君はかなり認められた存在であるということだね」


 イラフの碧の眉毛は顰められ、ペパーミント・グリーンの双眸がモス・グリーンのまつ毛に深く翳された。闇の底に沈んでいる暗い記憶を思い出して。

「捨て駒ということでもあります。

 アンギラのことについては、(その頃、わたしは未だ『非』ではありませんでしたが)実際、あまりにも犠牲が大きかったにもかかわらず、虚しい戦いでした。

リョジャド奪還は、ほんの一時的な、しかも部分的なものに終わりました。シルヴィエ軍の巻き返しによって再び占領されてしまったのです。

 2ヶ月前の戦では、また一地域(二つの県)を奪還しましたが、どうなることやら、いつまた奪い返されるかわからず、情勢は不安定です」


「ふむ」


「さて、本題に入りましょう。わたしが命ぜられた仕事は二つです。

 一つは、シルヴィエとの戦争に勝った国、クラウド連邦に秘密裏に協力要請をすること、そしてもう一つは、ジン・メタルハートを斃した唯一の人物と会って、そのオーラを吸収すること」

「すべてにおいて協力する。この約束だけだ」

「深く感謝いたします」

「大華厳龍國のリョン(龍)皇帝との連絡方法は」

「029054781です。秘密情報部に直結します」

 イラフはマイクロPC(MPC)を懐から出し、番号を表示させた。


 MPCとは、マイクロ・パーソナル・コンピュータの略称で、軽量小型、通話機能もあるコンピュータのことである。ちなみに、IEではPC通信は絶対不可侵で、リアル世界のように傍受されることは絶対にない。


 登録を終えると、イースは尋ねた、

「実際、東大陸方面の状況はどうなのだ。SNSの上では、さまざまなことが言われているようだけど。

 ちなみに、僕らの西側地域(※この場合、彼女が言っているのは、北大陸中央南部の西半分の地域)は小競り合いがあることを除けば、この1年は、近年になく、平穏だ」


「ネット上の情報は残念ながら正確とは言い難いと思います」

「現実世界もこちらのサイバー世界も同じだな」

「現在のシルヴィエの基本戦略は東征南下です。

 大華厳龍國を中心とするオエステ(東大陸)及びその領海島嶼へ北から攻め入り、南下して行こうとしています。

 大軍が動いています。我が軍は果敢に戦っていますが、わずかな勝利を除けば我が方が劣勢です」

「一つの大きな戦争があるわけだ。世界中から戦争の無くなる日はないね。

 しかもすべてにシルヴィエが絡むように見えるのは気のせいかな。では、今は東征というわけなんだね。

 西征の時期もあったが」


「ありました。3年前です。

 シルヴィエ帝国は西大陸(エステEste)のヴォード帝国に対し、突如、一方的に宣戦布告し、侵攻しました。

 エステ(西大陸)の大国ヴォード帝国はその少し前にシルヴィエと通商条約を結んだばかりで、(北のシルヴィエから攻められる心配がなくなって)南大陸(スールSur)のマーロ帝国との紛争に専念しようと、南へ進軍を開始したばかりの時期だったのです。

 完全に裏切られ、意表を突かれたかたちでした。

ヴォードに攻撃され始めていたマーロは大華厳龍國がその2年前(今から5年前)のシルヴィエとの海戦で疲弊しているのをよいことに、オエステへ向けて北上し、このために軍力を東北に寄せていた時期だったので、シルヴィエのヴォード攻めは幸いでした。

 以上、三つの大きな戦争があったことになります。 

 数のうちに入らない小さな戦いではありましたが、わたしのアンギラに於ける闘いも、その大きな潮流の中の一つであったと考えます、今顧みれば」


「潮流か。なるほど、うまいことを言う。北→西→南→東(東→北:アンギラの闘い)、確かに一つの方を向いている。流れのようだ」


「そうですね。

 一連の戦争の端緒は5年前の二つの大きな戦争でした。

二つのうちの一つ目は、大華厳龍國とマーロ帝国の間で起こった、領海を廻る争いです。

 マーロの漁船が違法操業し、その後、龍皇帝の直轄地である島に寄港して略奪を行いましたが、龍皇帝がこれを憤り、マーロの皇帝羅氾(ラハン)に宣戦布告して、大艦隊を南へと進攻させ、海軍力の弱いマーロ軍を海上から一掃し、その勢力範囲を奪って実効支配しようとしました。

 実は、この裏にシルヴィエ諜報部の暗躍があったと言われています。

 二つ目は、同じ頃、大華厳龍國の海軍が南に集中しているのを好機と見たシルヴィエが艦隊を東征南下させ、島嶼を占拠し、我が大華厳龍國がこれをコレイ島沖で迎え撃った海戦です。

 結果的には我が国が甚大な被害を受け、数々の島が属国状態となりました」


「今の東大陸周辺の島嶼の詳細は、実際、どんな感じかな」


「5年前からあまり変わっていません。マグドーMuggdauex、カナレイCanleii、リョリュジュLyrrlyjeなど、ノルテとオエステの中間にある島国は次々と武力で侵略されるか、内部陥落させられてしまいました。

 ニカNicaはそれ以前から属国状態でしたが」

「そうか。変わらないか。やはりね」

「リョジャドなどの場合は、ニカとの領有権を廻る小さな争いに端を発しました。

膠着状態が続きましたが、5年4ヶ月前に、シルヴィエ軍が密かに混入したリョリュジュ国軍が軍事介入してきたのです。大義名分は紛争の調停ということでした。その名目でリョリュジュ国軍に仮統治されてしまったのです。当時のリョリュジュは未だシルヴィエに占領される前でしたが、既に深くシルヴィエ勢が浸透していて、リョジャドはシルヴィエの配下になったも同然でした。

 だからその後、(5年前の大きな戦争によって)簡単にシルヴィエに侵略されたのです。

 ちなみに、侵略後、リョジャドは完全なる帝国領となりましたが、2ヶ月前、南のバウ(海吠)岬から大華厳龍國の精鋭部隊が上陸し、二つの県だけを奪回しました」


「なるほどね。

 端緒となったニカとの領有権争いが既に仕組まれた感じがするね。だってニカはその頃(5年4ヶ月以上前)にはもう、シルヴィエの属国に等しかったのだろう?」


「そうです。お考えのとおりです」


「状況はわかった。

 何しろ、敵は一般市民から成る予備隊も入れれば、総勢5億もの大軍を持つ超々大国だ。それでも国の人口の十分の一以下でしかない。

 国の富は世界随一で、また科学技術も超の上に超が附くくらい特出している。未だ騎馬に跨って刀剣や弓矢で戦う国がほとんどだというのに、彼(か)の国に於いてはミサイルや戦闘機を有している。

 IEルールがあるからどうにかなっているものの、もしもこれがリアル世界のことであったら、1年もかからずに世界は制覇されているだろう」


「南大陸のマーロ帝国、西大陸のヴォード帝国、東大陸の龍梁劉禅(大華厳龍國)、この三つの超大国を合わせても人員数や物量では敵わないのが今の世界情勢です」


「神聖帝国との戦いはIEのアイデンティティを護る戦い、正義を護る戦いでもある。君の行動もまた、東世界の情勢のみならず、或る意味、世界の運命にもかかわっているのだ」


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