第3話 イース
「イラフ、だね?
すぐわかったよ。ふ。その姿勢、全身から発する威風、眼差し。一分の隙もない。一目で達人とわかる」
イラフはわずかに目を丸くしながらうなずく。
「あなたが・・・イース様ですね。初めてお目にかかります。ほんとうにわたしくらいの方なんですね」
「君よりも一つ上だ」
ただし、この世界での歳の取り方は自分で選べる。実際、イースも4年間ほど年齢設定を変えなかった。変える義務がないからである。最後まで同じ齢という設定も違反ではない。
「しかもクラウド連邦の軍事大臣であられる」
「運命だ。已むを得ざる状況で国を創らざるを得なくなった。たまたまその創成メンバーの一員だったに過ぎない」
「伝説です。
ジン・メタルハートを打ち破ったこの世で唯一の存在でもある」
「それも運命だ。
正義は勝たなければならない。神の思(おぼ)し召(め)しによって正義の側にいた」
「あの怪物に勝ったのです。
彼女がどれほど強いか知らない者は、この北大陸(ノルテNorte)にはいません。いや、今や東大陸(オエステ)でも鬼神のごとく怖れられている。
一騎当千とはあの女のためにある言葉です。
しかし彼女はその自己記録を最近更新しました。イン=イ・インディス(殷陀羅尼帝国)の西部ゴルン(五覧)の平原で完全装甲した兵二千騎が壊滅しました。
一人も生き残れなかったのです」
「信じ難いな。
いくらジンの黒き炎の剣とは言え、刃毀れもしないのか」
「あの剣は一度、あなたの氷青の剣によって真っ二つに裂かれました。しかしその後、メタルハートとともに復活し、さらに強靭な剣となって甦ったのです。
彼女同様に」
「なるほど。
次に会えば敗れるのはこちらというわけか。ふふ。しかしながら僕はかつて彼女に殺されている。あの戦争以前の闘いで。生まれ変わるたびに交替でどちらかがどちらかに殺される運命なのかな」
そう言ってくすりと笑う。
彼女(イース)は彼女自身を〝僕〟と称していた。なぜだろうと思うこともなく、イラフは別のことを考えていて、口をつぐんだままだった。その様子をフードの奥からじっと見ていたイースは再び口を開く。
「我が身は今この国から外へは動けない。
最近は動きを見せないが、以前から、神聖シルヴィエSwllvyeie帝国の軍隊がこの中央南部にあるさまざまな国の国境附近に軍を集めていて、緊張状態が継続している。(※北大陸のうち、中央南部と西端部、東端(一国のみ)の三地域以外はすべて神聖シルヴィエ帝国の領土)
ちなみに、数年前だが、帝国の策略によって王政が倒され、連邦制となってシルヴィエの傀儡政府が政権を握るユヴィンゴUvingorr連邦では市民による革命が起こったが、反ってそれがシルヴィエ軍の介入の口実になってしまった。
諸国は依然として帝国軍の侵略活動が再び盛んになる日が来るはずと見ている。だから我々は今、敵の動きの少ないこの好機に西端諸国と、こちらの中央南部西側地域とで連合し、ノルテ(北大陸)西諸国連合として大結束しようとしている。
基本的な合意が済んでいるから、軍の大臣は実務レベルの協議を始めなくちゃならない」
「存じています。
神聖帝国は昨今、東への活動を活発にし始めています。我らがオエステを攻めようとして、東征軍に力を傾けています。とは言え、西の国々が安心してよいレベルではありません」
「そのとおりだ。見掛けは信用できない。彼らはいくつかのやり方を持っている。
一つは力を背景にした一方的な主張をして国土を侵蝕する方法。
もう一つは侵略しようとする国に煽動家を送り込んで内乱を起こさせた上で、善良な第三者を装い、内乱平定を理由に軍を送り込んで暫定政府などに介入し、自分たちに都合の良い政権を作り出して実質的に支配する方法。
企業や人材を送り込んで経済を牛耳り、社会を実効支配する方法。
シルヴィエ聖教の布教を背景にしながら革命思想を流布して革命を起こし、政権を打倒して実質的に属国化する方法、などだ」
「ユヴィンゴの件といい、飽くまでも正しいことをしているふうに装うのは、やはりこのIE(Idea Earth理想の地球)という世界のルールのせいなのでしょうか」
「むろん、それもある。ここIEでは、悪を為せば滅びる。プログラムが狂わない限りは」
「かつてウイルスにやられたことがありましたが」
「そうではない。あれも実は正規プログラムのうちだったのだ。IEの正義とは、肯定的な正義だ。積極的で、事実的、無空的な正義だ。理想的・教条的な正義ではない」
「どういう正義でしょうか」
「理想や本質よりも、実存や現実こそが最高の真理・真実であり、真の理想である、という考え方だ」
「現実が正義とは? しかしそれではすべてが正義ということになってしまいますが。妄想すら妄想という現実です」
「そのとおりだ。しかし人の心や行動に於いてはそうではない。いにしえの聖者も正しいと惟(おも)うことを為せ、と言っておられる。
世界はただ事実的で、無空だが、心機(こころのはたらき)はいずれかを正義と決することができる。
これが事実だろう。つまり現実を正義とする思想はいわゆる真理としては成立し得ない類の真理だとも言える」
碧色の眉を顰めてイラフは困惑した顔をした。
「わたしたち凡夫には、理解不能ですね。神慮のごとく推し測り難い。
もしそう考えるならば、すべては解決済みということになります。今も多くの問題があり、現に我々人間は苦しんでいますが、全的な解決はなくともよい、ということになりますね」
「あってもよい。
ただし全解決は考えようによっては生命の終わりだ。矛盾と葛藤なくして生命の躍動はない。自己の承認を廻る闘いが躍動を維持しているとも言えるからね」
「もしそうならば、なぜ、さような回りくどいシステムなのでしょうか。
全知全能なる神を以てすれば、そんな奇異なことをしなくとも、世界生命を存続させる方法があるように思えます。
わたしには、問題の解決はとても簡単なことのように思えるのです。神がたださように為せば、さようになるはずなのだから。
それを思うと、誠に不敬ではありますが、憤りさえ覚えます。葛藤なくしても維持されるシステムを構築すればよいだけの話なのに。そうすれば、どれほどこの世の不幸がなくなるでしょうか。あゝ、神は万能だというのに」
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