第17話人類滅亡の局面において物質的欠乏の極限が発生する

「そこでわたしは逆手を取る事にしたんです」

優実の仰天プランはこうだ。

人類滅亡の局面において物質的欠乏の極限が発生する。なぜなら衣食足りている以上は人類が滅亡する可能性が限りなくゼロに等しいからだ。

そこで世界最後の日に膨大な物質を蓄えておくべく未来から過去へ物資を疎開させる。隠匿された救難物資は来るべき日にむけて隠匿され、準備される。

しかし、そのような莫大な物資をどこから調達するのか。天地開闢の日である。すくなくとも地球に生命が発生し、やがてはぐくまれるための資源が用意されたはずだ。

過去から未来へ「歴史」を迂回して――余剰物資が「既定の歴史」で消費される事なく温存、回送されるためには過去と未来を循環する、いわば「バイパス」のようなものを建設すればいい。


それはどこか。地下の奥深くか、前人未到のジャングルか、永久凍土の直下か、あるいは月面の裏側か、ラグランジュポイントか。

否、否、否、あざとい人類は好奇心と破壊の限りを尽くしてすべて貪るだろう。


唯一無二の安全地帯は形而上だ。

俗欲にまみれた凡人には容易にアクセスできない場所。いわば余剰物資のイメージ化、クラウド化だ。

「雲をつかむような話ですね」

助手の一人が腕組みをする。

「そのために宗教があります。儀式化するんです。未来から過去に向かって時間線に沿って物資を投下するとしましょう。着地点。すなわち物資を受け取る”過去”の側ではどのようにみえるでしょう?」

優実が教授らに問うた。みな、押し黙ったままだ。唯一、戸田だけが口元を緩めた。

「何もない場所に物資が湧き出す?」

勇気を振り絞って助手の一人が挙手した。

「いいえ。みなさん、そうおっしゃいます」

女学者は失笑しつつスクリーンに正解を描いた。牛乳の一滴がミルククラウンをつくる様子が動画再生される。白い海に広がる波紋。それを彼女は敢て逆転させた。

「あっ!」

一同が異口同音に驚愕する。

「そうです。満杯の物資がみるみるうちに消えてなくなるのです」

「しかし、消えた物質はどこへ? 質量保存の法則に反するのでは?」

半信半疑の助手に優実は優しく答えた。「教授がとっくに提示されてます」

「そう、砂時計だ。過去に物資を投射する事によって時間の円環が発生し、未来に物資が出現する」

おおっ、とどよめきが巻きおこった。

「その膨大な物資を管理する重責を信也に与えましょう。彼は濡れ手に粟で莫大な富を得て、成功者となって、ある時点を持って没落します」

「つまり、その仕掛け人と言うのが…」


助手がみなまで言う前に、優実は目頭を押さえてその場を離れた。

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