第16話歴史を変えたいという願いは飲酒欲求

「歴史を変えたいという願いは飲酒欲求のような物かね」

基軸328では酒乱の如く決定論に挑む者が跳梁し、これを現実逃避で紛らわせるために各種薬物が解禁されているという。

戸田はミニボトルを煽りながらタッチパネルを操作した。ことごとく裏目に出た世界線矯正の方針案は、荒唐無稽と思われてきた最終軸に収束しつつあった。

すなわち、「信也に采配させよう」


どんなにパラメータをいじっても、どんなに補正因子を追加しても決して消えない項がある。それが信也と言う固有値だった。

藤崎優実は人類の存命確率を爆上げする近似曲線を引っ提げて基軸227から参入した。

「彼はいわばわたしたちの根源的な生存欲求、渇望と断言してもかまわないでしょう。その局所最適解です」

女工学者は覚悟をきめた面持ちで残酷な現実を告げた。

「では、具体的にどのように?」

戸田の助手たちが心配する。

「人類の究極の願いとは何だね?」

教授がメインディスプレイに砂時計っぽい略図を描いた。

「物質的充足でしょう」、と助手の一人。

「そうだ。しかし、どんなものにも終わりと始まりがある。人類とて栄枯盛衰、いわば熱力学の第二法則には逆らえない」

「でも、ノヴィコフの首尾一貫原則は量子力学の不確定性原理と衝突します。ある任意の時点から未来は――」

「経路が不定になるというのだろう。確かに局所的にはそうだ。例えるなら砂漠で迷子になるような物だ。可能性の海で遭難する」

「そこなんです。教授」

助手が顔をほころばせた。しかし、戸田は一喝した。

「最後まで聞け。どんな砂漠にも輪郭が存在する。面積無限の砂漠など存在しないからだ。同様に人類の発生と滅亡も広大な砂漠にすぎん」

「つまり、経路積分できると」

「そうだ」








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