第15話3297の世界線


「3297の世界線を検討してきたが、やはり最後の軸はこれしかあるまい」


戸田彰浩名誉教授は量子人生設計工学の世界的権威だ。基軸328の主系列からいくつもの世界線を横断してメインルートに招聘された。

どうやっても人類が滅んでしまう歴史を軟着陸させるために。

量子跳躍を経た長旅は体力気力を大幅に奪ってしまうらしく、額に脂汗をにじませ疲れた面持ちでモニターを睨んでいる。

世界線維持保存統一戦線は気が遠くなるほどの利害関係。時に熱核戦争を伴う醜い争いを乗り越えて、ようやく一本化された。その道のりは屍で踏み固められていると言っても過言ではないだろう。


「戸田教授」


藤崎優実は申し訳なさそうに頭をさげた。

「いや、人類を救う君の個人的犠牲にすべてがかかっているのだ。平身低頭するのは私たちの方だよ」

戸田のねぎらいがむなしくひびく。こんなことをした所でノヴィコフの首尾一貫性原則は破れようもない。

これはタイムパラドックスを説明する原理原則の一つで、歴史改変の結果はあらかじめ既定路線に含まれているという考え方だ。物事にはすべて原因と結果がある。たとえ過去にさかのぼって自分の親を殺す暴挙に出ようとも、暗殺の企てが存在する時点で子の誕生は確定している。動かしようのない事実は誰にも動かせないのだ。ただ、結末に至る筋書きは、それこそ東京都内で交通機関を選ぶがごとく豊富にある。どんな経路をたどろうと、大回りしようがh出発には必ず目的地が伴う。

このように無数の選択肢が錯綜する事を経路積分というのだが、親殺しのパラドックスはこの経路積分に内包されるというのだ。

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