第12話ライスナー・ノルド型ブラックホール


「待ってください。いざないはライスナー・ノルド型ブラックホールを形而上下の疎通に使ってるんです。電荷が安定しないと…」

慌てふためくオペレーターにメンバー随一の行動派サジタリアが襲い掛かる。

「御託並べる前に人を並ばせろっての」

既に場内は大混乱である。信也が打ち込んだ楔を頂点にして人の波が分断された。そこへ我先にと軽率なファンがなだれ込む。

「ファーストライト、いっけええ!」

サジタリアがイベント用に誂えられた特大ボタンを押す。



―と、世界が暗転した。




真空と静寂の海を女と男がただよっていく。たがいにつかず、はなれず、適度な距離を置いて睨み合う。


「何をしに来たの?」

沙月が怒ったように問いかける。

「決まってるじゃないか。君を助けに来た」

信也はさもあたりまえのように手を差し伸べた。

だが、彼女はつれない返事をした。

「奥さんの所へ帰ってあげて」

「誰だよ」

「藤崎優実。わたしにその名前を言わせないで」

「なんでだよ。なんであいつが俺の嫁なんだよ」

「なんでって…あたしにはお見通しなんだからネッ!」

沙月のスカートがふうわりと風に揺れた。

手のひらサイズの銀河が彼女の脇をすり抜けていった。

「共感…能力? お見通しって事か。フゥーハッハ!」

勇者に圧倒的戦力差をみせつける魔王のごとく信也は哄笑した。

「ふざけないでよ!」

「ふざけるも何も。俺は生まれた時から放り出された、一顧だにされなかった、顧みる事と無縁だった。見向きもされなかった。邪険に扱われた。世界共通の敵が俺だった!」

積もり積もった憤懣をあらいざらいぶちまける信也。

「あっきれた。お父さんの事。まだ根に持っているの?」

「おうよ!」

沙月の図星を魔王はあっさりと肯定した。

しかし、沙月の弁明によれば、父親の温情があってこその仕打ちだという。彼女は若年性の難病を患っていた。すでに病状が進行し一刻を争う状態である事は父親が雇った探偵の報告から明らかだった。

彼女の素行をとらえた写真、食べ残しからひそかに採取した唾液、行動の一挙一動を遠隔医が診断した。そして、かなり強引な手段で入院させた。

「集中治療室に半年いたわ。それでね。お父さん、自分の会社を傾ける覚悟で治療費を注いでくれた」

「びょ、病院ってもしかして…まさか、お前」

ようやく信也は気づいた。

「そうよ。信也さんの肝臓が持たない事も、お父さん心配してた。だから、あたしが」

「そうか、そういうことだったのか。道理で巧く運んでると思ったぜ。じゃあ、生活保護も?」

「ええ、野口加奈さん。お父さんのケースワーカー。だって、会社、潰れちゃったんだもの」

「なんてこった…」

信也は表情を曇らせた。
























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