第9話「共感」
サーカスの綱渡りを見て手に汗を握ったり、我が子の運動会デビューを観客席からハラハラドキドキ見守るなど、感情を共有する能力を「共感」と最初に命名したのは経済学者のアダム・スミスだ。
。それはただ単に他人の心痛をわが身に感じるだけでにとどまらない。ドイツ語ではこれを感情移入と言うが、現代では精神活動の主要を担う事が判っている。
他人の思いを分担する事は情動的共感といい、行動を共にする連帯を生む。そして他者に何かをしてあげなくてはいけないという「同情」を醸成する。
「沙月。お前は本当にそんな場所に立っていていいのか? 拉致されてからどうなった? 性的暴行は受けなかったか? いいや、無い筈はない。そして、あのゲスい父親から筆舌に尽くしがたい虐待を受けているんだろう。だから、お前は穢された自分を忘れるために虚栄の存在を演じているんだ。いや、既に空っぽな状態になってしまったのだ。きっと、そうに違いない。あのジジイのことだ。お前を性的搾取人形に作り替えちまったのだろう。だが、心配するな。俺にとってお前はお前だ。沙月。愛してる。お前を取り戻す」
信也は人垣を割り、かきわけ、警備員を蹴散らし、バリケードを突破し、肺活量の限りを尽くしてステージに接近した。もっともトチ狂ったドルオタの乱入に無防備な運営ではない。ファンの暴走を阻む十重二十重のセキュリティが用意されている。そして、警備員のみならず、親衛隊ともいえるファンによる鉄壁が築かれている。
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