第8話量子天体望遠鏡『いざない』のファースト・ライト
「さぁーて、お待ちかね。いよいよ量子天体望遠鏡『いざない』のファースト・ライトですよぉ~」
沙月は満面の笑みを観衆に振りまく。同時に惜しみない拍手と歓声が彼女の耳を聾する。
いざないは文科省とJAXAが総力を結集して開発した新世代の観測機器だ。従来の手段だと天体を観測する為には分厚い大気を通して地球に届く光を垣間見るか、重力井戸の外に探査機を飛ばさねばならない。しかし、量子望遠鏡はこれらの物理的手段を無用のものにしたのだ。人間の意志の力。すなわち想いが宇宙を形づくるという「強い人間原理」に基づいて哲学的なレンズを作り上げる。
ハードウェアでもソフトウェアでもない。実体をもたない概念的なレンズを形而上に現出させ、工学観測に補正を行う。と、いえばすこし語弊がある。
光学望遠鏡はあくまで手引きと言うか、栞のような補助手段に過ぎない。「人間の意志」をどこに照準するかという手順が大切なのだ。
いきなり、金星をイメージせよと言われてもピンと来ないだろう。たとえば2020年の1月ごろは細った月のやや右側にぽつんと輝いている。
そうやって観測者の「焦点」をナビゲートし、意志の力を核磁気共鳴断層撮影装置にフィードバックさせてやることでAIが適切な演算を行う。そして、3D仮想空間に像が結ぶという仕組みだ。
光学レンズで褶曲するのではなく、人間の意志――好奇心が観測対象を手繰り寄せるのだ。もちろん、希望的観測や恣意的な意図はノイズとして排除される。邪念フィルターの開発にあたっては重犯罪者の精神構造が大いに貢献した。
しかし、高森大学がノーベル物理学賞受賞者を輩出した理由はこれだけではない。
既にロシア、中国、EUといった名だたる研究機関が量子望遠鏡開発レースにしのぎを削っていた。出遅れた日本は島国特有の戦略で捲土重来したのだ。
それは和の心であった。
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