第34話 ジャックの帰還。ヴォーンの狂気
アパートに着き、車を降りると四人の前に二人の警官が立ちはだかった。
懐中電灯で照らされるクリシアとブリウス。
「お前はジャック・パインドの妹だな。そしてお前はボーイフレンドか?」
警官の質問にブリウスは、
「はい。いや、もっとそれ以上ですが、何か?」
すると警官は「ワハハ。そいつはハッピーだな。で……」と、後ろの二人を照らす。
「爺さんと……お前は何者だ? 包帯なんぞしやがってミイラ男か。ちょっとその鼻の絆創膏をめくって見せろ」
へっ? とボビィは両手を広げた。
車をチェックしたもう一人がボビィに接近し、荷物も照らした。
「こら。顔をしっかり見せろって言ってんだ! この中身は何だ?」
ボビィはしぶしぶ傷を負った素顔を晒す。
どう見てもギターでしょとギターケースも開けて見せる。
事態にイラついたブリウスが割って入った。
「ちょっとお巡りさん、俺の友達に何すんですか!」
警官同士は顔を見合わせ、つまらなそうにライトを消し舌打ちした。
「お前ら。ジャックを匿ったりするんじゃないぞ。逃亡幇助の罪でブタ箱行きだからな」
****
アパートの一階、管理人室マルコ・チェンバース宅に入る四人。
小声で囁きかける爺様ジャックの姿にマルコは仰天したが、その手を握り抱きしめた。
ソファに座り、向かい合う。間を置かずジャックはマルコに訊いた。
「セリーナさんから聞きました。マルコさんは指導者ベルザのことを知ってたんですね。ソサエティという地下組織の存在も」
「……ああ。俺はジョージの親友だ。知ってたさ。彼らもお前たちを見守っていた」
「ベルザは、今どこに?」
「うむ。おそらくこの町にはいない。リッチーさんたちとジミー・リックスの居場所を探してるはずだ」
ジャックはマルコにこれまでの事を話し、ボビィを紹介した。
マルコはボビィを歓迎し、妻のジェーンに彼の包帯を換えさせた。
まとわりついていた子供たちはやがて躾を守り、ベッドに横になった。
ジャックは頬に深いしわを刻んだシリコンマスクの下で微笑んだ。
「……とにかくソサエティのセリーナさんたちが味方だ。心配するなクリシア。ブリウスもいるだろう?」
「これからどうするの? お兄ちゃん」
「またアナザーサイドに行かなきゃならん」
黙って聞いていたマルコが目を丸くして口を開いた。
「お前そのトミー・フェラーリって奴を追って、どうするつもりだ?」
マルコを見つめるジャック。
マスクの下の目は苦渋の怒りを宿していた。
「殺してやりたい。……でもあと二人いる。そいつらの名前を吐かせて、三人まとめて警察に突き出す。そう、セリーナさんが協力してくれる。法で裁いてもらうさ」
顎をさすりながらマルコは見つめた。
「ジャック。一つ気になることがある。ウィップスとここへ来た男。ポールさんを脅した〝ヴァル・ヴォーン〟て名のる男。奴はその昔、クリスティーンの付き添い人だったブライアンに雰囲気がよく似ていた」
「え?!」
「いや、顔はちょっと違うんだがな。俺を見る目つきが昔ネイバーフッドで見せた、あの嫌悪感」
「……ブライアン」
「ブライアン・ヒル。その男もソサエティのメンバーだった……だが彼は敵地で死んだと、以前ベルザから聞かされたんだ。まさかな」
マルコは両掌を広げ、首を横に振り撤回した。
長居はできない。
やがてジャックは立ち上がり、車の鍵を手にした。
午後十時、皆に別れを告げ、先を急いだ。
****
冷気漂うタイル張りの床に、ジミー・リックスは横たわっていた。
暗く閉ざされた部屋。
投げ出された身体に激痛が走る。
ぼんやりと蘇る記憶――鎖で縛られ銃で撃たれ……そして。
ジミーははっと起き上がり、辺りを見回した。
部屋を仕切る鉄格子。天井にぶら下がる裸電球。
着せられている綿のガウンをジミーは脱ぎ、胸や脇腹をまさぐった。
撃たれた肩は手当てされているが、腕には一つ注射痕が。
遠くから聞こえてくる、金属音。
それは床を擦る鎖の音か、続いて引っ張られる何か。さらに響くモーター音。
何かが近づいて来る。
それはジミーのいる部屋の前で止まり、ドアが開けられた。
灯りが点けられ、入ってくる老人。
電動車椅子に座る、それが〝リガル・ナピス〟だとジミーは察した。
サングラスに左頬の痣。撫でつけた白髪。
痩身に白いスーツ姿。周囲には異様な気が渦巻いている。
ジミーは踵を立て、後ずさった。
もう一人、中へ入ってきたのは斥候ヴァル・ヴォーン。
ジムに現れた時とは違い、黒いタンクトップ姿で隆々と上腕を漲らせている。
注射痕で数箇所赤く腫れた腕に鎖を巻き、引きずる物体を部屋に運び込んだ。
愕然と、ジミーは唇を震わす。
それは縛りつけられた血だるまの人間。半裸で黒髪の中年男だ。
ジミーは声を張り上げた。
「お、お前ら、何てことしやがるんだ?!」
ヴォーンは不敵に笑い、ジミーに歩み寄る。
するとその男をまるで鉄球のように両者を隔てる鉄格子に叩きつけた。
男は血飛沫とともに断末魔の叫びを上げ、床にずり落ちた。
言葉を失うジミー。
男は喘ぎながら何かを言っている。
冷酷に見下ろすヴォーンとリガル・ナピス。
男は這ってジミーに近づこうとする。
ヴォーンはせせら笑い、ジミーに言った。
「ジミーよ。そいつに見覚えがあるはずだ。博物館で」
鉄格子越しの醜く潰れた顔を覗き込むと、それは確かにあの館長タグラ・ピンブルだった。
「……ブ、ブラ……イ」
ピンブルの発声がよく聞き取れない。
「あいつは……ソサ……ティの……ブライアン」
ジミーが精いっぱい耳を傾けようとしたその時、銃声が轟き、ジミーの目の前でピンブルの頭が吹き飛んだ。
「う、うわああああーーっ!!」
返り血を浴びへたり込むジミー。
ヴォーンは銃を仕舞い、鉄格子の間から顔を突き出し道化のように舌を出した。
「ジミーよぉ、ソウルズの居場所を教えろ〜、リッチーは? ルカはぁ〜? ホウリンも……どこにいるぅぅ? てめえもこんなふうになりてぇかあ? ああ??」
狂気の目。完全に狂っている。
ジミーは怯えながらも拳を握りしめた。
血走った目で歯をむき出すヴォーンの肩をリガル・ナピスが制した。
「落ち着け。ヴォーンよ」そしてジミーを指す。
「……ジミー・リックス。強靭なリバ族の戦士よ。我が兵士に充分過ぎる素体だ」
低く響くしわがれ声。ジミーは睨みつけた。
「なにが兵士だ……?」
ナピスは右手をかざし、答えた。
「我々がお前を高めてやるのだ……」
ヴォーンが目を細めタグラ・ピンブルの血まみれの遺骸を指差し、またジミーに詰め寄った。
「こいつはミスを犯した。ソウルズに鍵を盗まれ、ヘヴンズパールがベルザの手に渡った。……お前には自白剤も効かない。それもリバ族の気高い血潮のなせる技か? リバの精霊に護られてのことか? 気高く一度死んでみろ。お前の憎しみを解き放ち、俺たちの仲間になるんだ」
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