第33話 〝TRAMPS〟
〝TRAMPS〟
勘違いでここまで来たと思っているだろうが
そういうふうにさせた奴らの顔はよく覚えている
言い訳やこじつけで逃げるつもりはない
あんたがた、も少し慎重に生きなきゃ足をすくわれちまうぜ
俺は唄うことしかできない、ただの
時間の概念に支配された羊の群れ
毒蛇が金の鱗をつけ、良心と慈愛に背いている
眠っている犬には陽は射さないという
人間を檻に入れ、鞭で打ったのも人間だそうだ
俺は根なし草 確かめたいから唄っているんだ
エルドランドから天国の広場まで
自由の光はいったい何処にあるんだい?
たった一人の少女にさえ、充分な愛は与えられないのかい?
そしてよくわかるように教えてくれ
何のために生まれてきたのか
悲鳴を上げて追われるためなのか
それとも走るためなのか
俺は根なし草
漂う道は暗く冷たく
激しい雨が頬を打ちつける
存在を確かめたいだけ
踏みつけられ 焼き払われ
消えてなくなっちまう前に
……そういった歌をいくつか歌い終えたR.J.ソロー=ボビィ・ストーン。
ベンチに座るカップルの拍手に軽く手を上げ、ボビィはギターをケースに仕舞った。
誰もが過ぎ去る中、そのカップルは近寄ってきて彼氏の方がコインを渡し、握手まで求めてきた。
「いやあ、よかった、痛々しくて。いやその、必死に歌ってんのがなんか、胸に突き刺さって……かっこよかったです!」
「……あ?」
「てか怪我してんのに、大丈夫すか?」
「あ、ああ。バイクで事故って病院行って手当てしてもらってすってんてん。稼がないとね。……ああ、ありがとう。拍手も」
「もしかして、ギターほんとはもっと上手いの?」
「……ひひ。わかる? 全開だとね」
「俺ブリウス。で彼女はクリシア。よろしく!」
「あ。ども。俺はボビィです」
勢いで笑いながらシェイクハンドする三人。
ほのぼのと、優しい風に包まれた。
ぼやけた街灯の下、ふと気がつくとベンチに一人爺様が座っていた。
ニット帽にハーフコート、浮かび上がるしわくちゃな顔。
大きく垂れた鼻で無表情に立ち上がる姿に三人はドキリと固まった。
爺様は歩み寄り、ボビィの肩をぽんぽん叩いた。
「やあR.J.ソローことボビィちゃん。素晴らしかったぞな」
ひしゃげた声の爺様。そして伝える。
「あんたに届け物があってな。ビフ・キューズさんから」
え?! っとボビィはたじろいだ。
爺様はボビィに百万ニーゼ入った紙袋を渡すと、去り際にヨボヨボさりげなくクリシアの耳元で囁いた。
「じっと。動くなクリシア。俺……兄ちゃんだ」
はっと目を見開くクリシア。
ボビィはポカンとお金を受け取る。爺様ジャックは今度はブリウスに。
「話は後でしようブリウス。俺の車にみんな乗ってくれ」
本当の声に気づいたブリウスは激情にかられるが抑え、歯を食いしばって頷いた。
ボビィは怪訝にその手を掴む。
「爺さんの手、嘘みてえに
ジャックはまた声色を変えて言う。
「や、やあボビィ、あんたボロボロじゃなあ、ちゃんと治さなあかんぞ。わしらと来い。あんたの行きたいところへ連れてってやるから」
「へ?」
ジャックはボビィの手を握り返した。
「チェンバースアパート。マルコさんがいる」
そして小さな声で説き伏せた。
「俺はジョージ・パインドの息子だ。訳あって化けてる」
****
ジャックは三人を
「ボビィ。ネイバーフッドでも君の歌を聴いたよ。すごくよかった。で、マスターにあんたのこと聞いて……」
若く覇気のある声で喋る爺様顔に助手席のボビィはまだあんぐり口を開けている。
後部座席のブリウスとクリシアは溜め込んでいた感情を一気にぶち撒けた。
爺様ジャックはいつもの口調で言い聞かせた。
「おいおい、俺は何もしてないぜ。お前たちも一緒にいたんだ、わかってるだろう? ただ博物館の前をうろついただけだ。俺は盗みなんてしてない。そこ誤解すんな」
「じゃあ堂々と俺は無実だ! って警察に行けばいいじゃない、そんな気味の悪いおじいちゃんマスクなんかしないで」とクリシアが目をひんむき喚いた。すると、
「バカ! そんなんしたら拷問されてリッチーたちの居場所を吐け! とかなる。聞いてるだろうがジミーさんが捕まった。だが本当は警察にじゃない。裏で操る
「え?! なにそれ」
「それはナピス・ファミリー。大富豪リガル・ナピスの裏の顔は武器商人。そして
静まり返る中、クリシアはやっぱり泣き出した。
ジャックは真っ直ぐ前を睨んだまま胸に宿した決意を吐露した。
「俺はパパを殺した犯人を必ず見つけ出し、無念を晴らす。そして俺たちを狙うナピスを叩き潰す。俺の魂がそう叫んでるんだ」
クリシアはシートを掴んで叩いて声を荒らげた。
「なんなの? わけわかんない! パパの無念を晴らす? 何しようってのよ! そんな、変なこと考えないで! もう、どうしたってパパは帰ってこないの! わかるでしょう? ……な、ナピスだかナスビだか知らないけどそんな危険な世界に首突っ込まないで! どんだけ私が心配してるのかわかる?! ねえ、お兄ちゃん!」
隣りのブリウスがまあまあとなだめた。
ジャックは後ろへ左手を伸ばし、泣きじゃくるクリシアの黒髪をくしゃっと撫でた。
「クリシア。セリーナさん覚えてるだろ? あの刑事さん。あの人も俺たちの味方の一人だ。このマスクも用意してくれた」
ブリウスは目を見開いて言う。
「……ジャック。正直いきなりブッ飛んだ話で困惑してるけど、うん。俺も戦う。ジャックについて行くよ。力になる」
「おぉ待てブリウス早まるな。気持ちは嬉しいが、お前はクリシアのそばにいてやってくれ」
一連の物騒な話に助手席のボビィは完全に固まっていた。
ジャックはボビィの肩をぽんぽん叩き、謝った。
「君にお金を届けなきゃ先へ進めなくてね。巻き込むようで申し訳ない。もうすぐアパートに着く。マルコさんとこで少し休ませてもらおう」
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