第31話 セリーナ・サーカシアン

 ジャックはしばらく身を隠す必要があった。

 今は地下組織ソサエティの隠れ家、プリテンディアの地下アジトでクリシアたちの無事とR.J.ソロー発見の情報を待っている。

 ハリー・イーグルとセリーナはイーストリート潜入への策を練りながら、交代でアジトを訪れ、ジャックに護身と格闘術を施した。


 ハリーは久しぶりに会うジャックの成長を喜んだ。

「……ジャック。州警にいてもお前とジョージ君のこと、一日たりとも忘れたことはなかった。俺たちの力不足も認める。すまなかった」

「いえ、いいんです。皮肉ですが俺には生きる意地が生まれました」

 そう答えてジャックは一つ確認する。

「俺、できるだけ早くR.J.ソローに会ってお金を渡したいんです」

 ハリーは頷き言い聞かせた。

「ビフ・キューズから預かった金だろう? 大丈夫。ビフにはこの事態を伝えておく。彼の流儀を尊重して、我々がなんとかソローのところへ導こう」

「え? ビフさんのこと知ってるんですか?」

「ふふ。まあな。いろいろ世話になってるのさ」


 一週間ほど過ぎ、セリーナは驚嘆していた。

「セリーナさんがいろいろ教えてくれるけど、感覚としては覚えるというより思い出してるって感じなんだよな」

 ジャックの適性、洞察力、自己治癒能力。

 妹からは超野生児と言われてるとジャックは笑った。

「昔暴力警官ウィップスに殴られた時、顎が折れたかと思ったんだ。でも病院で診てもらう頃には治ってた」

 僅か半月ほどの訓練で彼はソサエティ流の体術をマスターした。


 ジャックはセリーナに訊く。

「……ねえ。イーストリートの乞食の爺ちゃん……彼がベルザでしょ?」

「……気づいてたのね。そうよ。彼の変装」

「やっぱり。そうなんだ。……ずっと、俺を見ててくれてたんだ」

「あなたと話したこと、食べ物もらったこと……すごく喜んでたわ」

 とセリーナは頷き、ベルザから聞かされた大切なことをジャックに話した。


「十七年前ベルザとメンバー数人がナピスの基地に爆破目的で潜入した時、研究所の保育器に赤ん坊のあなたがいたんですって。あなたの叫び声が聞こえたって」

 そう言ってセリーナはジャックと向かい合った。

 ジャックは苦笑いで肩をすくめる。

「……ていうか、俺って、マジ何者なんですかね?」

「見たままよ。あなたは……心の優しい立派な若者」


 四年前とは見違える青年になったジャックの目を深く覗き込むセリーナ。

「その輝くアースアイは何を映してきたのかしら……」

「え?」

「……いずれにせよ、あなたは優しさを宿した。愛されたのね」


 警官の時とは違う素顔のセリーナ、というより温かい目で見つめる彼女はあらためて美しいと感じていた。

 グリーンの瞳と醸し出す優しさ。

 ふと彼女に見惚れている自分に気づき、ジャックは焦った。



 身を隠して三週間ほど経ちR.J.ソローの情報が入り、二人は次の行動に移った。

 その日、場所は少し気分を変えた、風の通る廃ビルの屋上。

 ジャックとセリーナは椅子に腰掛け向かい合っている。

 腐りかけた柱や室外機に囲まれ死角を作っている一角。

 セリーナのブリュネットの髪が晴れた上空からの風になびいて、ジャックの額にさらりと触れた。

 セリーナはジャックの右手を引き寄せ、自分の胸に当てた。


「ソサエティが。というか、私が守るから」

 レザーから伝わる温もり。ジャックは顔を真っ赤に照れてしまう。

 セリーナはぐっと顔を寄せ、まじまじと見つめて言った。

「もうセリーナと呼んでいいのよ」

 ジャックは鼻息が荒くなってしまう。

 セリーナはクスッと笑って彼の口元に触れる。

「動揺しないの。はーい、減点」

「……え、えー! な、何がげんてん?」

「これはテストよ。どんな時も何があってもクールでいなきゃ」

「わ、わかったよ! ……は、早くやっちゃって」

「ふふ。じゃ、いくわよ〜」


 セリーナはそう言ってジャックの胸の高鳴りを感じながら、彼の目の周りから下地クリームを塗りはじめた……。


 ****


 一方、リベリアとスーダンに渡っていたリッチー・ヘイワースがテンペストの隠れ家に戻ったのは十月下旬のことだった。


 リッチーがタクシーを降り、玄関に立つと一台の車が現れた。

 紺のベントレーMK・VI、それはベルザだ。

 港に着いた時から胸騒ぎがしていた。ただならぬ予感はベルザの面持ちに見て取れた。

 歩み寄るベルザにリッチー訊く。

「何があった?」

 ベルザは厳しい目で重々しく言った。

「今月の五日、ジミーがナピスに捕まった」



 部屋の中、眉間にしわを寄せたリッチーは手を震わせながら煙草に火を着けた。

 黙ったままベルザに椅子に腰掛けるよう促し、やがて火を揉み消した。


「ベルザ。ルカとホウリンは?」

「うむ。ルカはイタリア。ホウリンは日本。今のところ情報は何も。……ただ」

「ん?」

「ジャックも……同じように追われている」

「何だって?」目を見開くリッチー。

「ソウルズのメンバーとして容疑がかかった。警察もナピスに籠絡ろうらくされている。この場所もいずれ」

「ジャックは無事なのか?! 無事なんだろうな?!」

「ああ。今はソサエティの者サーカシアンが保護している。大丈夫だ」

 ベルザは深く頷き、イーストリートで起きた事、ジャックの動向、そしてジミーについて聞いた事を話した。


「警察のハリーから、ナピスがソウルズを狙っているという情報が入り我々も早く動いたつもりだったが……済まない」

「……いや。あんたが謝る話じゃない。俺たちはいつだって覚悟してる。所詮悪党だからな。死はいつも隣り合わせだと皆に言ってきた……」

「リッチー。ボクサーのレニーが目の当たりにしたもの……そのヴォーンという男は恐るべき腕力を持つ、まさに怪物。ジミーに、お前のような者の力を欲していると言ったそうだ。奴らはジミーを利用する気で」

 リッチーは目頭を押さえ首を横に振る。

「ナピスの目的はあんたの持つヘヴンズパールではないのか? それ以上に何を欲しがる!」

 声を荒らげ、思わず壁を殴りつけるリッチー。

 砕けた漆喰がバラバラと床に散った。


「時間をくれリッチー。ジミーが何処へ連れ去られたか、トミー・フェラーリという男に我が同志を近づかせ、ナピスの内状を調べている」

「ジミーは必ずこの手で救出する。あんたは早いとこリガル・ナピスを葬ってくれ」

 ベルザは立ち上がった。

「ああ。君はここを引き払い、私と共に行こう。……君たちを巻き込んでしまって本当に済まない」

「それは違う。あんたはキーティング・チェストの在り処を教えてくれた。俺の夢を実現させてくれたんだ。それより、ジャックのこと……任せていいのか?」

ベルザはリッチーの肩に手を。

「心配するな。ジャックは、ソサエティが全力で守る」



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