第30話 謎の男ダグラスと捕われのジミー

 エルドランド南部刑務所所長アーロン・ウォルチタウアーは受刑者の中から先ず、身寄りのない者と不法入国者をナピス・ファミリーの収容所〝エリアNPC〟へ送り込んだ。

 ウォルチタウアーにそそのかされ金と未知の力に目が眩んだ刑務官たちもそこへ向かった。


 所長室のウォルチタウアーのもとへ莫逆の友、鷲鼻のトミー・フェラーリが現れた。

 そしてトミーの後ろにはもう一人。ウォルチタウアーは怪訝な顔で訊ねる。

「ん? その男は?」

 トミーはその肘を掴み前へ。

 体格のいい黒の革ジャン男はその頭上でペコリと頭を下げた。

 トミーが紹介する。

「こいつぁベン・ダグラス。仕事仲間さ。アフガニスタンにケシ畑の農場を持ってる」

「ほう。どこぞの金持ちか? いつからの付き合いだ」

 黒ずくめの質素なダグラス。

 薄い青レンズの眼鏡に茶髪をオールバックに撫でつけた男。

 ウォルチタウアーはデスクの椅子に座ったまま猜疑の目で彼を見た。

「二年ほど前かな。なあダグラス。こいつもサンダースに恨みがある。クレイドルズの農場を潰されたんだ」と、小男トミーはすらりと高いダグラスの肩を叩いた。

「ダグラスのおかげで俺の商売も安泰だ。信用できる奴だ。ほれ、俺のダチのアーロンだ。しっかり挨拶してくれ」


 ダグラスは「……ではコレを名刺代わりに」と懐からヘロインの粉袋一キロをウォルチタウアーに差し出した。

 彼は含み笑いで受け取り、二人をソファに座るよう促した。

「なるほどトミー。ただ殺しに明け暮れてるわけではなかったか。いいナリをしてると思えば……自分だけ潤ってたな」

「アーロン、俺だって忙しいんだ。まあ許せや。……で今日は何の頼み事だ?」

 ウォルチタウアーはちらりとダグラスを見る。

「このダグラスは知ってるのか? 殺しの事も」

「ああ。こいつは銃は怖がってろくに撃てねえが運転手としては超一流。俺の逃げ道を拓く頼れる奴だ。なあダグラス」

「そう言ってくれて嬉しいよトミー。ウォルチタウアーさん、俺はトミーに恩義がある。トミーの顔で俺の商売も潤ったし、行き場も見つけた。力になりたいんだ」

「……ふむ。よかろう。では君もナピスの兵隊になればどうかね?」

 眉をひそめるダグラス。目を丸くしてトミーが首を傾げる。

「何の話だ? アーロン」

「ヴォーンのように生まれ変わるんだ」

「ああ。そういうことか」

 ダグラスは黙ったまま見つめている。

「そうすればサンダース・ファミリーなど一夜で壊滅できるぞ」とウォルチタウアーは鼻で笑い、冗談だよと手で掻き消した。


 机の引き出しから資料を取り出し、立ち上がってトミーに渡すウォルチタウアー。

「人が要る。兵隊を造るための人体実験用のモルモットがな。トミー、先ずは町のゴロツキどもからだ。金が欲しい奴らを集めろ。ダグラスはそいつらの護送を手伝ってくれ」


 ****


 イーストリートから離れたヴァル・ヴォーンは先ずナピス研究所へ帰還した。

 目の前を轟々と打ちつける記憶に抗いながら。

 封じたはずの愁える過去、いや消されたはずの感情の欠片。

 チェンバースアパートの部屋から襲いかかる、暗闇からのしかかる叫喚。

 それは死霊かと、ヴォーンはうなされた。

 魔物の血が再び全身を支配した時、彼は再びベッドから起き上がった――。


 ****


 十月五日。そこは〝礼拝の街〟スロトレンカムのボクシングジム。

 ジミー・リックスは若手レニーとのスパーリングに精を出していた。

 飛び散る汗。ジャブ、フック……レニーの猛攻、連打がジムに轟く。

 激しいフットワークでマットが軋む中、それは突然訪れた。

 扉を蹴り開け悠然と歩いてくる、現れたのはナピスの斥候。

 生成りのスーツ姿、アッシュブロンドのヴァル・ヴォーン。


 ジミーは静止し、レニーはあがる息を抑えながらその侵入者に目をやった。

 脇でシャドーをしていた新人の荒くれ二人がヴォーンに詰め寄った。

「おい? おっさん、なんだてめえは!」

 ヴォーンはニヤリと笑うと瞬く間に一人の口を手で塞ぎ、そのまま掴んで振り回し、その身ごともう一人に叩きつけた。

 二人は倒れ込み、気を失った。

 戦慄が走る。しかしひるまず飛びかかろうとするレニーをジミーは押さえつけた。

「行くなレニー、奴は怪物だ」

「ええ?!」

「逃げるんだ」


 不敵な笑みを浮かべるヴォーン。

 その跳躍は凄まじく、軽く宙返りをしてリングに降り立った。


「ジミー・リックス。お前を捕らえに来た」

 ジミーは睨みつける。

「とても警察には見えない。あんた、ナピスの人間か?」

「ほぉー。鋭いな。さすがは元世界チャンプ」

「情報は得てた。いつかここにも来ると」

「俺に見覚えはないか? 四年前のクリスマスにイーストリートの路上で」

 しばらく置き、ジミーは思い出した。

「……わかった。警官ウィップスと並んで歩いていた男。あの時の」

「おお! 思い出してくれたか、それは光栄だ。では情報は誰から? ヘイワースからか? それともベルザか」


 スーツの袖口からジャラリと太い鎖を垂らすヴォーン。

 犬のように鼻をヒクヒクさせ、テンションが上がってゆく。

「おおう、ジミー。お前はリバ族の戦士。〝蜻蛉せいれい〟の力を宿すと言われるその秘めた力を見てみたい」

 歩み寄るヴォーンに身構えるジミー。

 鎖を振り回しながらヴォーンは戯け混じりに言う。

「ジミー。お前は憧れの存在だ。ナピスはお前のような者の力を欲している」


 突如レニーがヴォーンに襲いかかったが、首を掴まれ壁の姿鏡に投げつけられた。

 レニーは床に崩れ落ち、割れた鏡の破片が体に突き刺さった。

 ヴォーンは人差し指を向け、告げた。

「連れていく!」

 次の瞬間ジミーは首に鎖を巻きつけられ、麻酔銃で肩を撃たれた。



 ジミーが連れ去られた後、瀕死のレニーは床を這い、ジミーの父親代わりであるホプキンス牧師に電話をした。

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