第29話 明かされる秘密

 ジャックはイーストリートに向かっていた。

 心臓が痛いほど高鳴った。

 大切な人たちが危険な目に遭わされた。

 守りたい、顔を見たい。その思いと、帰ってはいけないという困惑と、R.J.ソローを捜さなくてはという執念とが激しく交錯していた。


 パトカーのサイレンが鳴り響いたのは電話を切られてから一時間ほど経った頃だった。

 市街地の交差点、ジャックは赤信号に変わる寸前を突っ切った。

 スピードを上げる。

 パトカーは唸り、さらに煽ってきた。


『イーストリート・ナンバー6984 白のジュリエッタ。止まりなさい!』


 午前八時の渋滞が待ち受ける。

 ジャックは一か八かマンションのあぜ道に急ハンドルを切った。

 突き進む、がしかし袋小路。

 呆気なくジャックは追い詰められた。

 金網の前で停車しルームミラーに目を凝らした。

 パトカーから警官二人が降りてきた。

 したたる汗。万事休す――。


 車の両サイドに警官は分かれ、運転席を覗き込む方が言った。

「逃げたな。何故追われたか、わかってるだろう?」

 ジャックは苦笑いで返す。

「……俺、そんなに飛ばしてました?」

「法定の二十キロオーバー。に加えて信号無視」

「急ブレーキよりマシかなと」

 警官二人はルーフの上で顔を見合わせ嘲笑う。

「だがそれ以上にジャック・パインド。お前には窃盗の容疑がかかっている。お前の仲間もな。逮捕する。降りろ」

「……え?」と、ジャックが返したその時、助手席側の警官は突然白目をむき、路上に倒れた。

 短い奇声が上がったかと思うと〝黒い影〟が目の前を覆い、もう一人の警官も同じように突っ伏した。

 フードを被った黒い影は車内のジャックを覗き込み、スカーフで隠した顔を露わにする。

 ジャックは声を震わせて言った。


「セ、セリーナさん! まさか、あの」

「シッ! そうよ。降りてジャック。このニット帽で深く顔を隠して。こいつらは眠らせただけ。急いで逃げるわよ」

「え、でも車が」

「これは捨てるの。私の車に乗って。あなたを助ける理由は後で話す。私に従って」


 ****


 ネイバーフッドの店主に話は聞いたとセリーナは言い、ジャックは警察にも既に尾行されていたことに愕然とした。

 声すら出ない中、イーストリートに戻る意志だけは伝えた。


「……あれから四年。ずっと、変わらなかったわね」

 ハンドルを握るセリーナは一定の速度を保ちながら山間を南下している。

 助手席のジャックはもう落ち着いていたがかなり経ってから質問に答えた。


「復讐です。あなたが教えてくれたトミー・フェラーリという名を、俺は絶対忘れなかった」

「やっぱり。あなたは心が強いわね」

「当たり前のことです。あなたは何故俺を? 警官でしょ? 何故助けてくれたんです?」

 ジャックはセリーナの横顔を見つめる。

 鼈甲べっこう眼鏡の縁からちらりと光るセリーナの目。

 彼女は言った。

「私は……〝ソサエティ〟のメンバー。ハリーに習い、警官になりすまして情報を集めてる」

 ジャックは固まった。

 今、ついに明かされる秘密。


「ハリーさんも……。ソサエティって?」

「地下組織。指導者はベルザという。ナピス・ファミリーを殲滅するために動いてる」

「ナピス……」

「聞いたことない? 表向きは重工業や警備会社を営む財閥。でも中身は武器商。銃から戦車、核まで造る死の商人。奴らはこのエルドランドを拠点に国のトップを操っている」

「……俺、聞いたんです。アナザーサイドで、ドン・サンダースから聞きました。俺がそのナピスの研究所で拾われたことも」


 ジャックはそう言って預かり物の紙袋を握りしめた。

 しばらく押し黙るセリーナ。

 窓を少し開け風を取り込むと、セリーナは大きく息を吐き、言った。

「……うん。先ず、我々ソサエティは今まであなたを見守ってきた。監視してきた、と言ってもいい。何故か。それはあなたはベルザが拾った大切な命。我々にとって貴重な存在だから」


 ジャックは言葉を失う。

 痛烈に胸に突きつけられた。

 〝監視〟――俺はまるで囚人か罪人かと、ジャックは声を絞り出した。


「……俺って、何なんです?」

「わからない。わからないから見守っていた。あなたがどう成長するのか」

「怖くなってきました。自分が」

「聞いて。ベルザは海賊キャプテン・キーティングを殺したリガル・ナピスに復讐するために動いてる。キーティングの意志を継ぎ、戦いを挑んでる。でも長い年月でベルザは老いてきた。だから今あなたにも正式に組織の力になってほしいと思ってる。あなたには正義が宿っていると」

「ちょっと待って。海賊、キーティング? ……そんな、お伽話みたいな。世界の海を荒らし回った大海賊大悪党の意志? ハッ、嘘でしょ。そして俺にそのソサエティのメンバーになれって?」

 セリーナはクールに答える。

「史実は国に都合よく書き換えられる。全てを鵜呑みにしてはいけない。敵と戦うすべは私が教える。もう逃げてはいられないの。ナピスは勢力を増し強大化する。奴らは我々のメンバーを次々と殺してる。あなたにも、ソウルズにもいよいよ魔の手が迫ってる。跳梁跋扈ちょうりょうばっこするナピスを止められるのはあなたしかいない」

「……え?」

「それぐらいの気概でいてほしい。あなたは正義の人よ」

 諭すセリーナの瞳。

「ベルザは、敵地で救いあげたとはいえあなたを授かってよかったと思ってる」



 そして二人を乗せた黒のVWビートルは〝絢爛の都〟プリテンディアの地下アジトへ入った……。

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