第26話 斥候ヴァル・ヴォーン

 ナピス・ファミリーの斥候ヴァル・ヴォーンは 国際刑事警察機構インターポールの捜査官という偽の肩書きでイーストリート市警に数年前から出入りしていた。

 その度にウィップス巡査はヴォーンの補佐を務めた。


 今回ウィップスは明確な目的をヴォーンに聞かされた。

 ざっと写真を見せるヴォーン。

「この四人はプロの窃盗団、噂では〝ソウルズ〟と呼ばれる。我々は世界中で暗躍するプロ集団をしらみ潰しに調査した。ポートレイト博物館からレプタイルズ・キーを盗んだのはこいつらだ。守衛たちと館長ピンブルの証言もある。業者への成り済まし、ルカ・スティーロらしき男の容姿、デバイスを使ってのクラッキング、レーザーサークルカッターによるガラスケースの切断、展示室侵入から僅か十分で奪取する手口。こいつらソウルズをおいて他にはいない」

「……れ、レーザー?」

「最新の技術だ。こいつらしかいない」


 飛び出した聞き慣れない用語に固まりつつも、ウィップスは顎を突き出し得意げに応えた。

「はい、やはり悪党に間違いなかったわけですな。ええ、私もずっとマークしておりやした。四年前のクリスマスイブに街であなたが仰ったでしょ? 『あれは元ボクサーのジミー・リックスだ』と。それ以来と思い奴らが現れては網を張っとったんです」としたり顔で言うが、ヴォーンの冷徹な眼差しはウィップスを認めない。

「しかしあの日見破られた。発信機は外され挑発さえ受けた。先日も同じように」

「え、ええ……すみません、どういうわけだか、面が割れてるようでして。この前(ブリウスの誕生日の日)ルカ・スティーロとジミー・リックスが来たことも、すぐあなたに連絡すべきでした」

「ベルザが絡んでいる。仕方あるまい」

「……ベルザとは?」

「我々に楯突く地下組織ソサエティのリーダー。ソウルズとも繋がり、情報が流れている。市警内通者もいるかもしれん」

「は、はい……。で、ヴォーンさん」

「……は? 何だ」

「え、ええ。で、私はいつナピスのメンバーになれるんですかね? 私はそのために」

「わかっている。……そうだな。近いうちに連れてってやろう」

「ほ、本当ですか?」

「暴れたいんだろう? そろそろ望み通りにしてやるさ」



 ヴォーンの底知れぬ威圧感に巨漢ウィップスは常に萎縮している。

 冷血な視線に時折光って見える赤い二つの瞳孔はまるで魔物。

 彼がナピスの者だとわかった時、ウィップスは絶対服従を覚った。



 路地を行く二人。

 そしてウィップスがヴォーンを案内した先とは――。




 イタリアン・レストランPorcorossoの扉が開かれ、陰鬱な風が唸った。

 常連の客たちと賑わっていた店主のポールは表情を変えた。

 ウィップス巡査とアッシュブロンド髪の男が入ってくると客たちはよそよそしく退席した。

 ポールはグラスを下げいらっしゃいとだけ言って蛇口をひねった。


 ヴォーンは真っ直ぐポールのところへ歩み寄りカウンター越しに四枚の写真を並べた。

 その後ろではウィップスがニヤついた顔で腕組みしている。

 重い空気がミシミシとポールの肩にのしかかった。


「ポール・ロッソはイタリア軍隊の哨戒班にいたらしいが今じゃただの豚コックに成り下がったな」とヴォーンが切り出した。

 背を向けているポールは横目でカウンターを確かめ、そして向き直った。

「あんた。およそ警官には見えんな。何者だ?」

「ヴァル・ヴォーン。ある人に仕えている。ただ警察は我々に協力的だ。靴の中に入った石コロを排除するために」

 並べられた写真。

 ヴォーンが最初に指したのは――。


「リッチー・ヘイワース。四十六歳アメリカ人。この窃盗団のリーダー、超一流の鍵師。次にルカ・スティーロ。お前の同僚、四十二歳イタリア人。軍の科学技術班にいた。そしてこいつはテツジ・ヤブキ。四十二歳、日本人でホウリンと名乗っている。四人目はジミー・リックス。三十歳、本国先住民リバ族の男。ボクシングのちょっとした有名人だ。……と、お前の方がもっと詳しく知ってるなあ、この〝ソウルズ〟のことは。先日九月二十三日もルカ・スティーロとジミー・リックスが来たはずだ」

 そう言って不敵な笑みで詰め寄った。

 ポールは顎をさすりながら鼻で笑った。

「いいや。知らんな。〝知らざるを知らずと為せ。是知るなり〟」

「はあ?」

「俺は知ったかぶりしない主義でね。他人のことなど。自分を知ることだけで精いっぱいなんだよ」

「くだらん。いいか、よく聞け。ひと月以上前の八月十一日午後九時。セルフィスのポートレイト博物館で〝レプタイルズ・キー〟が盗まれた。ソウルズによって。彼らはその五時間前にここを訪れ、飲み食いしている。普段散らばってる奴らがわざわざ集まって、だ。ここにいるウィップスが知ってる」

「ほう。ウチは忙しくてね。いちいち客の顔覚えてらんねぇんだ」

 ウィップスが吠える。

「てめえ、しらばっくれるのもいい加減にせえや!」

 ヴォーンはポールの胸ぐらを掴み、激しく引き寄せた。

「博物館近くの公園に駐まっていたキサマの車を警官が目撃している。イーストリートナンバー9071の赤いフィアット500。間違いないよな?」


 その腕の力は凄まじく、ポールは喘いだ。

 そのままヴォーンは彼を吊り上げようとする。

「だがそれはキサマではない。豚は足手纏いなだけだ。到底賊の仲間にはなれんだろう。では誰なのか。それはジャックというガキだ。このウィップスから聞いた。ジャックはソウルズと親交がある。そしてあの夜、館長のタグラ・ピンブルがジャックらしきガキが門の前をうろついているのを見たと言ってる。ポール・ロッソよ。ジャック・パインドはどこにいる? 今日は働きに出てきてはいないのか?」


 首を絞められ、顔が赤く染まるポール。

 ヴォーンの頬と首筋に血管が太く脈打ち、手の甲の皮膚も波打った。

「吐け。ジャックはソウルズなのか。それとも……もしやソサエティのメンバーなのか」

 ウィップスは恐る恐るヴォーンの肩に手を。

「白目むいてますぜ……殺しちまうかも」

「ポール・ロッソよ、わかっているぞ。キサマは……捨てたつもりだろうが、祖国に家族が大勢いるだろう? そいつらがどうなってもいいのか?」


 その時、店の扉が激しく開けられた。それはブリウスだった。

「ポ、ポールさん! お、お前ら何やってんだあーーっ!」

 ポールの窮地を目の当たりに頭に血が上ったブリウスはヴォーンに殴りかかった。

 しかしウィップスに捕まりヴォーンの一蹴を腹に食らい、ブリウスは気を失う。


「何だこいつは?」

 ウィップスが答える。

「ブリウスという……ポールがルカ・スティーロから預かってるガキでして」

 ヴォーンは吊り上げたポール・ロッソの巨体をそのまま壁に投げつけた。

 そして四枚の写真を懐に仕舞い、ツカツカと店を後にした。

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