第25話 ネイバーフッドで唄うR.J.ソロー
サンダース・ファミリーのドン・ストーンは言った。
「お前は赤ん坊の時、ナピスの研究所で拾われた。私が知っているのはそれだけだジャック。後はベルザに会って直接訊くんだな」
衝撃に震えながらストーン・サンダースに頭を下げても、それ以上は自分でたどり着けと言い彼は立ち去った。
「俺の古き友人〝R.J.ソロー〟に百万ニーゼ届けるんだ。インフィラデルという街のライブハウス・ネイバーフッドで働いてる。これから始まる長旅の門出にビフおじさんからの
Ramonaを出て車のハンドルを握るジャックは頭を掻きむしった。
――ナピスの研究所? なんだ、そのナピスって……。
ベルザ? もしやあの……俺をジョージパパに引き合わせた人……それにソサエティって。
ドン・ストーンあの人はマフィアの大ボス。裏社会で繋がる組織……。
研究所……思い出されるのは……
あれから、夢に浮かびあがるのは……
暗闇……銃声……
……爆発。
俺と、謎の人物ベルザとの関係、
俺の出生とは――
しばらく心は茫然と立ち尽くして、ただ車の流れに乗っているだけだった。
信号待ちをしている前方車輌に気づくのが遅れ、ジャックは急ブレーキをかけた。
間一髪事故は免れたが助手席に置いていた分厚い紙袋がマットへ倒れ落ちた。
そう、こいつを届けなければと手を伸ばして傍らに置き、インフィラデルを目指した。
****
途中、道に迷うわガス欠になるわで五日後の午後七時、ジャックはそこへ着いた。
〝易行の都〟インフィラデル。
車を降り、くすんだレンガの壁で導かれる地下のライブハウス・ネイバーフッドへ。
戸惑いながら階段を下りる。
そこではちょうどライブが行われていた。
暗く狭い地下室に響き渡るギターの繊細な音色。
サングラスをした痩せた男が一人ステージに立ち、かすれた声で歌っていた。
張り詰めた空気の中、むせび泣くような澄んだブルースハープが長く続く。
全身全霊まるで祈るように、やがて静かに曲は結ばれた。
まばらな客たちは拍手で讃え、そのシンガーは一礼してステージを下りた。
どこぞの名のある歌い手だろうかとジャックはしばしその衝撃と残響に当惑しつつ、薄明かりの中、そこの関係者らしき人間を見つけ出した。
「す、すみません。あのー、こちらにR.J.ソローさんていらっしゃいます?」
「は?」と、彼オーナーのビリーは目をくりりと首を傾げた。
「働いてると聞いたんですが」
「あんた誰よ」
「あ、俺、ジャック・パインドっていいます」
「……あ、そう。うーん、R.J.? あ、ボビィちゃんのことね。そうそうあの子よ、さっき歌ってたお兄ちゃん。ステージネームはたしかそんなだった」と、くねくねした口調でステージを指差すビリー。
「えー?!」
「ああ、働いてた確かに。皿洗いでお駄賃あげたの」
「彼はどこに? ちょっと中入っていいすか?」とジャックはレジ奥の狭苦しい楽屋に押し入ろうとする。
ビリーはちょっと待ってと手を肩に。
「ボビィちゃんはもう出てったわ。子供の時住んでたちょっとヤな思い出があるからあんまりこの街にはいたくないって。勝手な子よ」
「えーー?! 俺、どうしても彼に」
「バイクよ。上に行ってごらん」
階段を駆け上がり通りへ出るとギターを背負ったライダーが目の前をギュンと走り去った。
ソローだ。
「あーー! 待ってくれーーっ!」
しかし声は届かず、彼R.J.ソローは雑踏に紛れ消えていった。
ジャックは車に乗り込む。
しかしすぐさま降り、また階段を下り、先ほどのビリーにもう一度詰め寄った。
「あ、あの、ごめんなさい」
「ひゃー、ダメだった?」
「はい、もう行っちゃって……彼はどこに? 行き先とか、聞いてないすか?」
腕組みしてるビリーは右手人差し指を頬に当て、うーんとジャックの顔を見つめながら言った。
「ねえ、それよかさ。あんた名前……パインドって言ったよね? お父さんの名前って、何?」
「え? ……あ。ジョージです。ジョージ・パインド」
ビリーは目をまん丸く「きゃー! 本当? あんた、ジョージの息子?」と。
戸惑い頷くジャックにビリーは壁にかかった写真を指差した。
古びたフレームの中には、
「チェイン・ギャングス。あんたのお父さんたちの栄光よ」と言ってビリーは急に泣き出し、ジャックを抱きしめた。
「うわああ、ちょっと、おじさん!」
「ごめん! 知ってたの、ジョージのこと、……死んじゃったって……およそ四年前よね、新聞で見たわ。ごめんねお花の一つも、お墓も行けないで……私もお店が潰れそうで、ごめんなさい。でもずっと……忘れてないわ」
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