第24話 ビフ・キューズ
――〝表向きは
Xマンの手紙を胸にジャックは五日後、ようやくアナザーサイドにたどり着いた。
そして午後五時、表通りのはずれにカフェレストRamonaを見つけ出した。
勇気をもって中に入る。
店内はがらんとしていて静かにジャズが流れている。
見渡すとカウンターのコーナーの奥に男が一人、小さく背中を丸めて座っていた。
暗がりにぼんやりと、男はオールバックに深い皺に刻まれた顔をジャックに向けた。
黒い皮手袋をした手でグラスを持ち、着ているグレーのスーツは優美だ。
老いてはいるが目は鋭く、一瞬強烈な視線を投げた。
その老紳士は口を開いた。
「お前がジャック・パインドか?」
――この人がビフ? その低くしわがれた声に臆せず答えた。
「はい。俺がジャックです。ジャック・パインドです」
「お前の目的は何だ?」
ジャックはハイネックの襟元に指を入れ、にじむ汗をくるりと拭き取り、胸に手を当てて言った。
「……俺はある男を捜していて……サンダース・ファミリーのあなたなら知ってらっしゃるかと。それが俺の目的です」
「では私の下で働く気はないのだな?」
「……いえ。もし教えてくださるのなら、もちろんそれなりの代償は払います」
凛とした口調でジャックは答えた。
老紳士は目を反らすと傍らのシャンパンを開けた。
するとカウンターの奥の扉が開き、一人の大柄の男が姿を現した。
彼はジャックの前に立つ。
「俺の甥っ子ペケ……そう呼び名はXマンらしいが、お前をえらく気に入ってると。ふむ。なかなか堂々たる、そして正直そうな男だな」
目を丸くするジャック。
「あ、あなたが、ビフ・キューズさん?」
「ああそうだ。ジャック、あのテーブルへ行け。話をしよう」
座り向かい合う二人、ビフとジャック。
どっかりと岩山のように腰掛けたビフは眉をひそめながらしばらくジャックの顔を見つめた後、短髪の丸い頭を掻いて鼻から息を吐いた。
ボディチェックの際、ビフの手の大きさにジャックは身がすくんだが、決して粗野な男ではないと感じていた。
ビフは訊いた。
「ある男とは? 誰を捜してる?」
「〝トミー・フェラーリ〟。ビフさん、あなたなら知らないことはないと。そう……ペケから聞いて」
「ああ。知ってる。奴はスプンフルの残党だ」
のっけからのストレートな返答にジャックは打ち震えた。
「え、ええ? 本当ですか? ……スプンフルって、確か」
「そう。今はない。スモウクスタックと我々が一掃した。だが奴は生かしてある。我々も知りたいことがあってな。トミー・フェラーリが誰の取り巻きなのかを」
ビフは胸元で両掌を広げ、「落ち着け」と鼻息の荒いジャックを制した。
「どこにいるんです、奴は」
パチリと指を鳴らすビフ。
「そこでだ、ジャック。俺たちも知りたいことがある。トミー・フェラーリの居場所を教える代わりに」
人差し指を向け、
「〝ソウルズ〟について教えろ。お前さん彼らとはどういう関係なんだ? ……リッチー・ヘイワース、ルカ・スティーロ、ホウリンそしてジミー・リックス。お前もそのメンバーということなのか?」
その問いは雷鳴の如く、ジャックの昂る感情をさらに掻き乱した。
だがジャックは堪えた。
「彼らは……俺の友人です。……ソウルズのことなんて、俺は知らない」
「嘘をつくな。頻繁にお前のところへ訪れているというのにか?」
「俺なんて、彼ら大人の世界には相手にされなかった。ずっと子供扱いされた。彼らはただ……誕生日を祝ってくれる、大切な……友人です」
腕組みをするビフ。
ジャックは目を閉じ、また見開いた。
「調べたんですね。俺のこと」
「調べるのが俺の仕事だ」
ビフは目を細め、顎をさする。
「トミー・フェラーリのことをどこで知った? 奴に何の用がある」
「刑事さんが教えてくれたんです。父を殺したのはおそらく、奴。そしてあと二人。ストーレンというコソ泥が、引き摺られる父の他に三人を見たと」
「そのことも、俺は知っている。と、言ったら?」
ジャックは思わずテーブルを倒す勢いで前のめりにビフに寄った。
「し、知っているって、どうして? どういうことなんですか?!」
「まあ聞けジャック。トミー・フェラーリ奴は誰かの下で働き、人を殺し回ってる。俺たちの仲間も殺られた。それが誰なのか黒幕は誰なのかを突きとめるために、俺たちはトミーの行く先々、そして電話を幾度か盗聴した。その中に、お前の父親ジョージ・パインドの名前が出てきた。奴らの会話を聞いたというわけだ。録音もある」
ジャックは立ち、すぐさま床に膝をついた。そして頭を下げ、
「お願いします! 教えてください! お願いします!!」と床に額をつけ、懇願した。
ビフは立ち上がり、深く折れ曲がった若者の前にしゃがみ込む。
覗くジャックの顔は赤く、頬には傷のような文様が熱を帯び、浮き出ている。
「なんだお前の頬は……」
「興奮すると、昔から、そんなことよりお願いですビフさん!」
「……しかし男が、そこまでするのか? 土下座までして」
「父の無念を晴らしたい! そのためだけに、俺は……」
ビフはジャックの顎を掴み、ぐいっと引き寄せた。
「ならばソウルズのことを教えろ。知ってることを」
「し、知らないんです。何も」
「彼らはキャプテン・キーティングの財宝を手に入れたのだろう? ちょうどお前の誕生日八月十一日、セルフィスのポートレイト博物館からレプタイルズ・キーが盗まれた。彼らによって」
「あ、あなたはまるで何もかも知ってるように……」
「違うか? それをやってのけるのは彼らしかいない。様々な調査と検証をした上での、俺の憶測だ」
「あなたたちも……財宝を狙っていたということですか?」
「当たり前だ。誰だって、金が要る」
「……俺は結局認めてもらえなかった。でもたとえメンバーだったとしても、仲間を売ることはできない……それだけはできない」
ビフはジャケットの懐に手を入れた。
気が張り詰める。
ビフの抑圧に心臓がえぐられるようだった。
ジャックは潤んだ目でビフを睨み返した。
「……ほお。勇ましいものだなジャック」
ビフがそう言った時、先ほどの老紳士が既に立ち、その肩を制していた。
振り返るビフ。老紳士は言った。
「ビフ。では一つ、彼に働いてもらおうじゃないか」
「……ええ。実はそのつもりで。ドン・サンダース」
そう返してビフは含み笑いでまたジャックを見た。
そして懐から分厚い紙袋を取り出した。
「ジャック。先ずは感情を鎮めろ。物事には順番がある。いかなる事情があろうと只では教えん。いいか? これを俺の友人に届けるんだ。それができたら、トミー・フェラーリについて教えてやろう」
「え?」ジャックのこめかみに汗が滴った。
「〝R.J.ソロー〟に金を届けてくれ。お前を信用してみる、ということだ。だがもしもこれでトンズラでもしようもんなら、お前の命はないからな」
老紳士――ドン・ストーン・サンダースはカウンターへ戻り、グラスを空けた。
そしてコートを羽織り、トップハットを被った。
すらりと立ったその姿は威厳に満ちていた。
彼は去り際に言った。
「ジャック・パインドよ。その一途な瞳がいい。度胸もある。ただ、知らないことが多過ぎるようだな。おそらくベルザのこともソサエティのことも、何も」
ジャックは硬直したままだ。
「では私が知っていることを一つ教えてやろう」
ストーン・サンダースのしわがれ声が闇に重く響き、ジャックの胸を
「お前はパインドの息子ではない。ベルザに拾われたのだ。ナピスの研究所でな」
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