第23話 ある朝の光

 八月の終わり、ジャックは隣町に越した友達のコーチーズとXマンに会いに行った。

 今その二人は巨大マフィア、サンダース・ファミリーの下っ端だ。


 コーチーズは昔イーストリートに住んでいた。

 七年前、食料品を盗んだコーチーズが路上で警官のウィップスに張り倒されているところをジャックが割って入った。

「てめえはジョージ・パインドの息子だな。十歳のガキが俺にタテつくか?」

 以前、ウィップスの息子が弱い者イジメをしているところをジョージが叱りつけた。

 公衆の面前で。

 そのことをウィップスが根に持っていることを、ジャックはわかっていた。

「お巡りさんやり過ぎじゃね? あんたがそんなだから息子もああなんだ。いばりちらしてさ」

 コーチーズをかばうジャックをウィップスは殴りつけた。


 現在いま、コーチーズは口癖のように言う。

「ウィップスはいつか俺がぶっ殺す」と。

 そして彼はジャックへの恩を決して忘れなかった。



 コーチーズの兄貴分のXマン(本名ペケ)はジャックを信頼していた。

「俺がお前を好きなのはお前だけが俺の描いた絵を褒めてくれたからだ」

 それを口癖にジャックを心から慕った。

 去年は一緒に釣りに行き、マリファナを吸い、シマを荒らす連中をつるんで潰しに行った。

 そういうのはジャックは本当は嫌だったが、青春の悩みを聞きながらXマンにとことん付き合った。

 Xマンは言った。

「ジャック。お前も正式にファミリーに入れよ。ああ。望み通り、今度叔父貴に会わせてやるよ」



 およそ四年前、女刑事のセリーナから渡されたジョージの遺品。

 そのプラチナの指輪にボールチェーンを通し、首にかける。

 父の死を告げられ、ジャックは荒れ狂った。

 泣きじゃくるも、震えるクリシアを抱きしめ、強くなろうと誓った。

 そして一つだけ、後にセリーナから聴いたことを胸に仕舞っていた。


「アペルヒルズでストーレンが見た容疑者は三人。そしてナンバー2943のジャガー はそもそも盗難車で、当初所有者を特定するのに時間がかかったの。有力な情報は裏社会から手にした。盗んだのはトミー・フェラーリというマフィアの男。そこまでよ、調べがついたのは」

 ここからは危険で我々は慎重に動いてると彼女は言い、それから後は何も聞かされなかった。


 ――マフィアの男〝トミー・フェラーリ〟。

 友達のXマンの叔父はマフィアだと幼少の頃から聞いていた。

 Xマンと親交を深めたのはだ。

 純粋に彼の絵は好きだったが、力を貸してもらいたかった。

 それがこの国最大勢力のサンダース・ファミリーなら最大の情報網を持っている。

 ジャックはそう考えた。

 自身のあざとさを噛みしめながら。



 九月の中頃に運転免許を取り、ローンで中古車を買ったジャックはXマンから郵送された手紙を胸に、車を点検し、その日に備えた。


 の手の痺れ。というより、疼きか。

 ジャックはその拳を受け止めた老乞食のことが忘れられない。

 爺さんのひからびた細く硬い手のひら。

 あれから日を追うごとに不思議と遠い日の記憶が蘇ってくる。



 ――俺は覚えている。

 思い出している。

 俺はあの手に連れられ、イーストリートこの町にやって来た。


 わかっていたんだ。

 ジョージがことは。


 違うとわかっていても、ついていった。

 疑わず、誰にも尋ねず、信じた。

 ジョージはただ笑顔で、クリシアと分け隔てなく俺を愛してくれた。

 引き取られる前の暗く寂しい思い出は消し去ったはずだった。

 ひとりぼっちで怯えていた記憶はジョージが優しくいつも寄り添い、いつしか消し去ってくれた――。



 屈み込む、そこは墓地。

 クリスティーンとジョージの墓石に花束を。

 そしてジャックはイーストリートの通りを歩き、あの老人を捜した。

 だが公園にも駅にも橋のたもとにも、その姿は見つからなかった。


 潮の香りに導かれ、港に立った。

 穏やかな風が頬をなだめ、煌めく水平線の彼方から記憶が打ち寄せた。



 ――俺はあの彼方から、やって来た。

 あの彼方に忘れてきたものが……

 そしてここから何処へ行く?

 何処へ向かってゆくのか。

 俺にはまだ他にも果たすべき使命ものがあった――。



 ジャックは空を見上げ、手をかざした。


 ****


 九月二十三日は相棒ブリウスの誕生日。

 紙袋いっぱいに詰め込んだリンゴを抱えたクリシアがアパートに帰ってきた。

 ジャックは窓辺でミルクティーをすすりながら外を眺めていた。


「お帰り」

「ただいまお兄ちゃん。見て! これ……何するかわかる?」

「アップルパイだろ? 明日ブリウスに」

「ピンポーン! 手伝って」



 スルスルとリンゴの皮を剥くジャック……のはずだったがいきなりナイフで指を切ってしまった。


「お兄ちゃん大丈夫?!」

 傷口をくわえるジャック。

「ああ。ちょっと手がしびれててな。……ぶっつけちまって」

「えー! いつぅ? ちゃんと手当てしたの?」

「ああ。なんてこたぁない。俺の回復力すごいから」

「切ったとこ見せて……あー、深いじゃない」と救急箱を取りに行くクリシア。

「いいよ、舐めればすぐ治るって」

「もーう……たしかにそうだけど。なんかこう、野生児ってゆうかさ、小さい頃から超治癒力よね」

 そう言って笑いながらクリシアがその指に絆創膏を貼ってあげる。

「そう。兄ちゃんは超人なのだ」

 二人は顔を見合わせ笑った。


「でもお兄ちゃん。この頃考え事してるね。やっぱり誕生日から……しょんぼりしてる。リッチーさんにキツく言われたの?」

「……いや。リッチーは何も言わなかった。何も……言ってくれなかった」

「明日来てくれるかな、みんな」

「ルカさんは確実だろうけど、どうかな。みんな忙しいから」

「みんなにも食べてほしいのにな」

「……てか、俺も……明日は朝から行かなきゃならないとこがあるんだ。どうしても」

「えー?! なによそれーー!」

「すまん。遠い所なんだ。人に会う。明日には発たないと約束の日の時間に着きそうにないんだ」



 そして次の日、太陽が輝いた。

 ジャックはブーツを履き、ドアを開けた。

 朝の光を纏い、車に乗り込んだ。



 しばらくの間クリシアのことはアパート管理人のマルコとその妻ジェーンに頼む。

 マルコはジャックを見つめ、言った。


「わかってる。お前はずっとジョージのことを想い、部屋を移る気はないとも言った。働いて生計を立ててきた。でも、本当に困った時は遠慮なく俺を頼ってくれ」


 Porcorossoのポールは優しく肩を叩き、

「店のことは気にすんな。とにかく無事に帰ってこい」とジャックを温かく見送った。


 ブリウスにはハッピーバースディと祝い、欲しがっていたジーンズをプレゼントして拳を突き合わせた。

「ありがとうジャック」

「ポールさんから聞いた。ルカさんとジミーさんが来てくれるんだってな。よかった」

「うん。……旅先から連絡ちょうだいね。寂しいから」

「ああ、少しの間だ。俺はお前をめっちゃ信頼してる。だから妹を頼むな」



 友人Xマンからの手紙を胸に。

 イーストリートから西へ八百キロ。

 目指すは〝転換の街〟アナザーサイド、カフェレストRamonaラモーナ

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