第19話 レプタイルズ・キー奪取
午後八時十五分、赤いフィアットがセルフィスの街に入った。
速度を落とし、注意深く夜の市街地を進んでゆく。
ここはこの時間でもまだまだ人が出歩き、車も多く、イーストリートよりもずっと都会の雰囲気だ。
助手席のジャックは街灯や看板の光を拾いながら前のめりに地図と通りの案内板を見比べ真剣に五番街を探している。
後部座席のクリシアはルームミラーでハンドルを握るブリウスと目を合わせ、笑った。
「……プッ、おっかしい」
「な、なんだよクリシア、そんなにおかしい?」
ミラーで自分の顔を見てみるブリウス。
「だって〜そのヒゲ。ナマズみたいよ。ププッ!」
「えーー、そうか?」
「ちょっと私にペンかして……もっとカッコ良くしなきゃ」とクリシアは前に身をのり出す。
「おヒゲはもっと勇ましく……と、危ないから前見てるのよ〜……ほら、こうゆうふう……に」
「うへ! くすぐってぇ」
車を運転するブリウスは大人に見せるため、ちょっとした変装をする必要があった。
ヤンキースキャップだけでは誤魔化せないから。
ダッシュボードにあった黒のマジックペンでヒゲを描く。
クリシアはそれを大いに楽しんだ。
「……てん、てん、てんの、てん! ほらどう? 無精ヒゲで男らしいわ」
ブリウスは確かめる。
「うあ、なんだこりゃ」
「はは! まるで毛ガニみたい」
「げぇ〜〜!」
「よぉし、ここまできたらリッチーさんみたいにモジャモジャにしちゃえ! えーい!」
「コォーーラぁあ! う、る、せえんだよオマエラぁあ!!」
もう我慢できずにジャックが怒鳴った。
目が逆三角形になってる。
「人が必死こいて場所探してんのに! なんてヤツらだ! ギャーギャーはしゃぎやがって、、ふざけんなぁあぁ!」
「……ごめんなさい」クリシアがあやまった。
「まったく、ピクニックに行くわけじゃねえんだぞ! ちったぁ考えろ!」
「ごめん、悪かったよジャック……そう怒んなよ」
毛ガニ顔でブリウスもあやまる。
ジャックの睨みは身がすくむほど怖いのだ。
「くそっ! ……あー、もう喉渇いた。その先の公園、ブリウスあそこで止めてくれ。水飲んでくる」
「へっへ〜。ちょうどそう思ってたんだ」
「あん?」
「ジャック、ここはもう五番街だぜ」
「え? そうなの?」
ジャックは窓を開け外を確かめた。
ブリウスが得意になって言う。
「そう、ずぅーっと前だけどルカおじさんに連れられてその博物館の〝世界の海賊展〟行ったの、思い出した。……うん。間違いなかったみたい」
「かぁ〜〜、それ早く言えよ!」
「ごめん、記憶違いかどうか微妙で」
パチパチとクリシアが後ろで手を叩いた。
「スゴい! 素敵! 運転も上手いし。私、安心して乗ってたもの。ねえ、お兄ちゃん」
「……そうだな。何事もなくすんなりここまでたどり着けたし。ブリウス、お前スゴいよ!」
そしてジャックは水を飲んだ後、お前らはここで待ってろと言って歩いて行った。
案内板に書かれた、ポートレイト博物館を目指して。
****
ポートレイト博物館の定期清掃はマイティ・クリーン・サービスが行なっている。
毎月十一日、閉館後の午後九時、今夜も定刻通りに彼らが現れた。
守衛のウィグワムは裏門を開けそのワゴン車を中に入れた。
運転席から降りた清掃業者の男は大柄で、制帽の下の黒縁眼鏡が光っていた。
ウィグワムは怪訝な顔で声をかけた。
「初めて見る顔だな。新人か?」
黒縁眼鏡はかしこまって答えた。
「はい、よろしくお願いしますぅ」と、ウィグワムの足元を指差す。
「あ、あなたの後ろにネズミが!」
「え?!」とひるんだその一瞬、ウィグワムは黒縁眼鏡の怪力で口を塞がれ、
ワゴン車から残りの三人が降りる。
黒縁眼鏡の男――ルカはその守衛を肩に担ぎ、同じ作業着姿のリッチーとホウリンに合図を送った。
リッチーはジミーを見張りで残し、よろしく頼むと手を振った。
薄明かりの通路、もう一人の守衛が三人の行く手に立ちはだかったがホウリンが手早く撃退した。
そして守衛室に入り、気絶させた二人を椅子に縛りつけた。
ルカはモニターをチェックし、これまでの録画を消去した。
午後九時十五分。
張りつめた冷気が三人を包む。
リッチーとホウリンが暗視スコープを着け、ドアの前に立つ。
ルカがシステム端子に自作の解読デバイスを接続しプログラムをクラッキングする。
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ーーーーーー7ーー
ーー3ーーーーーー
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暗証番号を探り当て、防犯システムが解除された。
リッチーとホウリンが暗闇を行く。
国王エルドランド一世の自画像、王冠、古代彫刻と絵画などを尻目に展示室の奥を目指した。
やがてたどり着く、ガラスケースに納められた〝レプタイルズ・キー〟の前。
リッチーとホウリンは顔を見合わせた。
鍵の後ろからは海賊キャプテン・キーティングの肖像画が見下ろしている。
それは蛇のように狡猾な目で。ホウリンが仰ぎ見て、
「ほう……たいそうな悪党ヅラだなぁ我らがキャプテンは」と言うと
「いや。これは酷すぎる。実際はとても優しい目をしていたという」とリッチーは返した。
急がなければ。
二人はバッグを下ろし、作業に取りかかった。
ガラス面に真空吸着ノブをあてがい、それを中心に誘導放出サークルカッターでガラスを切る。
青白い光が弧を描く。
厚さ十五ミリの特殊強化ガラスが鮮やかに切断される。
リッチーはノブを引き抜き、丸い穴から手を入れ鍵を掴んだ。
瞬間、鍵が青く眩い炎を上げた。
それは種族の遺恨か、烈士の怨嗟か――。
「うぐっ!」
しかし受け入れたリッチーは痛みに耐え、数秒後それは静かに手のひらに収まった。
****
一方、外で見張りのジミーはオブジェに隠れ門の外を見ていた。
その十五分ほどの間に、酔っぱらいの男一人と中年の男女が通り過ぎた。
そして次は一人の若者……そこでジミーは目を疑った。
そのウロつく様、堂々と背筋が張った、リーゼントにピンストライプのシャツ……それはどこからどう見ても、ジャックだった。
ジミーは思わず身をのり出した。
すると一台の車が現れ、門の前で停まった。
ジミーはまた身を隠し、急いでルカに無線で連絡を入れた。
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