第17話 私も行く!
立ち並ぶ街灯がセピア色に舗道を照らしている。
その中をクリシアは重い自転車を押して歩いていた。
眉をひそめ口はへの字に不機嫌だ。
ハンカチで額の汗を拭き黒髪をかき上げ、キャミソールの背中をパタつかせた。
もう午後七時を過ぎてしまった。
ポールの店まであと少し。
交差点の歩行者信号の点滅に駆け出すクリシア。
その時、対向から一台の車が速度を上げて走ってきた。
信号が黄色から赤へ変わる寸前、車はクリシアの左側植樹の向こうをギュンッと通り過ぎた。
――あれ? あの車はとクリシアは振り返る。
するとその車もブレーキをかけ、十メートルほど先で急停止した。
「ポールさんの車だ……え? どうしたんだろう」
それは間違いなくポールの愛車、つるんとしたリアヴューの赤いフィアットだった。
すると「クリシア!」と助手席の窓からジャックがにょきっと顔を出した。
「お兄ちゃん!」クリシアは目を丸くする。
「どうしたの、どこへ行くのよぉ!」
ジャックは手招きして「お前こそこんな所でチンタラ……遅ぇんだよ! ……ちょっ、こっち来い、早く!」と怒鳴っては囁いて呼びつけた。
クリシアが自転車を置いて駆け寄り、車内を覗くとそこには――
「ポールさん……あれ? 誰……ってブリウス! 何してんの?」
運転席のブリウスはたじろぐ目で手を上げた。
「や、やあ、クリシア……遅いから心配してたよ」
「どーしてあなたが運転してるの? これはいったいどういうことよ!」
ジャックは身をのり出しクリシアの手を掴んだ。
「バカ! デケぇ声だすんじゃねえ、静かにしろ!」
「二人ともどこ行くのよ、信じらんない! 私ケーキ作ってきたのにぃ!」
「みんなもう帰ったよ」
「えーーっ!」
「いいか、よく聞けよ。俺たちは今から仕事に行くんだ。とっても大事な仕事だ、だからお前はおとなしく帰れ。あ、ポールさんのとこでもいい、だが俺たちのことは内緒だぞ。会ったこと話すな、な? 必ず帰ってくるから、いいか? わかったな?」
険しい表情でジャックが言う。
クリシアは困惑した。
「自転車がパンクしちゃったの! だから私遅くなったの。もう歩けない、疲れちゃった」
そう言ってクリシアは鼻をすすった。
「そんなこと言われたってよぉ……お前は帰るしかねえんだ」
しばしの沈黙。やがて彼女は上目づかいで言った。
「……私も行く。連れてってよ」
「はあ?」
「ねえ! いいでしょ? 仕事だったら、私も手伝うから、ね?」
「バカ言うな!」クリシアは彼氏の方に目を。
「ブリウスいいよね? 私も」
「う、うーーん……」
「こら、冗談じゃねえ! 手伝いなんかいい」
「私だけ仲間はずれ? ずるいわよそんなのォ!」
ジャックの隣りでブリウスが袖を引っ張った。
「……ねえ、ジャック。クリシアも一緒に。いいんじゃない?」
「ええっ?」
「一緒じゃなきゃ、やっぱ俺運転しないよ。帰る」
「ぎょええー! それマジ? ちょっ」
ブリウスはドアを開け車を降りようとする。
クリシアがにんまり兄貴にすり寄った。
「ほら。お兄ちゃん。どう?」
「……」
「じゃ、ブリウス帰ろ。お兄ちゃんおいて」
ジャックは頭を掻きむしって喚いて降参した。
「だぁーーっ! しゃあないっ、わかった、じゃああ乗れっ!」
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