第16話 本気

 壁に掛かった時計を見て、リッチーはジャックに訊ねた。

「……クリシアは?」

 ホウリンに煙草を一本拝借しながらジャックは答えた。

「ああ、ケーキ作るって。(午後)七時には持ってくるって言ってた」

「そうか。じゃ、今日は会えんか」

「……え? どうして?」

「いや。俺たちそろそろ行かなきゃならん」

 ジャックは飛び上がった。

「え?! まさか……」

 ホウリンがすかさず身をのり出し、ジッポーの火を差し出す。

 ボワッ! っといきなりの火力に回避するジャック。

「あ、熱っ! ち、近すぎるよホウリンさん!」

「お前が急に飛び上がるからだ! すまん、聞け、お前が望んでることはわかる。だが、堪えるんだ」

 ホウリンは言い、ほら見ろという顔でリッチーを窺った。


 リッチーは立ち上がり背を向けた。

 ジャックの見上げる目は真剣だった。

 しかしリッチーは静かに息を吐いた。


「……ジャック。今までも言ってきたはずだ。俺たちは仲間。そう、ずっと友達だ。だが行き先は別。お前は表通りを歩くんだ」


 しばしの沈黙。皆が見つめた。

 ジャックは口を固く結び、それでも数回頷き、小さく返事をした。

「……わかりました」

 そして次は顔を上げ、潤んだ瞳を明るく輝かせて笑顔を作った。

「わかってる。わかってるよ、OK! リッチー!」

 リッチーは口元を緩めジャックの後ろ髪を優しく撫でた。

「よし。近いうちにまた会いに来る」



 あとの三人、ルカとホウリン、ジミーも立ち上がりリッチーが財布を取り出した。

 去り際にリッチーはカウンターの若い男女に一言伝えた。

「俺たちは友達のジャックに会いに来ただけだ。誕生日だったんでな。それだけだ。俺たちを見に来たんだろう? 警官のウィップスさんによろしく。ジャックには俺がついてると」


 男はチッと舌打ちし、女はうつむいた。

 リッチーはまたジャックに手を振り、今日という日を祝福した。

「ハッピーバースディ、ジャック」


 ****


 店の外。

 ルカはVWフォルクス・ワーゲンデリバリーバンのリアフェンダーに仕掛けられたつまらない発信機をもぎ取り、果ての街路樹へ遠投した。

「さっきの偽カップルに突き返したらどんなツラしたかな。ははは」



 午後六時半。ソウルズを乗せた車はPorcorossoを後にする。

 見送る三人、ポールはジャックに「もうあがればいい。今日は俺一人で大丈夫だ」と言って店に戻った。

 最後の最後まで見送りした後、ジャックは隣りに立つブリウスの腕を掴んだ。


「な、なにジャック、痛いよ!」

「お前に頼みがある!」と、ジャックはブリウスを路地裏まで引っ張ってゆく。

「ちょ、ちょっとぉ!」

「黙れ騒ぐなブリウス。お前ルカさんと前にいろんなとこ行ったって、言ってたよな?」

 ジャックが怖い顔で迫る。

 ブリウスはびびってうんうんと降参する。

「何言い出すの、いきなり」

「そう、お前ならわかるはずだ。ここから西の……〝セルフィス〟って街。そこまで俺を連れてってくれ」

「え、ええ? ど、どうやってぇ」

 ちょっと待ってとブリウスは力ずくのジャックの腕をやっとこさ振り払った。

 猛禽類のような目でジャックは怪しげに微笑む。


「わかるだろう?」

 ブリウスのこめかみに汗が滴る。

「わかりたくない」

「ブリウスいいか? ポールさんの車を出せ。お前運転できるだろ? もちろん……こっそりと」

 えーーっ! っと叫ぶ直前にジャックはその口を手で塞いだ。「シッ! 黙れ!」

「ジャ、ジャック嘘だろ? できないよそんなこと! ポールさんに殺されちゃうよ」

「いや。ポールさんは理解者だ。俺の本気をわかってくれる。無事に帰りさえすりゃ……許してくれる……わかってくれるさ……多分……きっと……もしかしたら」

「ほらあ、声が小ちゃくなってんじゃん! ダメだって!」

「ブリウス、俺はマジ、本気だ」

「本気本気っていったい何しに行くんだよ」

「俺は見たんだ。ホウリンさんの煙草の内箱にメモがあった。今夜午後九時、セルフィスの博物館でソウルズが動く」


 のめり込むジャックの手をブリウスはやっぱり振り払う。

「いやだ断る、絶対運転しない!」

「お前、本物の車運転できるっていつも言ってんじゃねえか、自慢みたいに」

「だからって嫌だよ、じ、自分で運転すりゃいいじゃん」

「バカ、怖いに決まってるだろ、お前がしろよ」

「でーきーなーい! ヤだ、ポールさんにめちゃくちゃ怒られる」

 ジャックはブリウスの胸ぐらを掴んだ。

「おい。クリシアと別れさせてやってもいいんだぞ。お前らの交際、認めない。将来はない」

「えーーっ! なんだよそれえ!」


 しかし鬼の形相のジャックに完全に気圧けおされ、将来を真剣に考えたブリウスはこくりと答えた。


「……わかりました。やらせていただきます」


 ****


 店はピーク時。

 時限爆弾と向き合うようにキーを回す。

 ガレージから慎重にポールの車〝フィアット500〟を出すブリウス。

 周りを見ながら静かにジャックも助手席に乗り込んだ。

 そしてダッシュボード下に畳んである地図を広げ、ブリウスにヤンキースのキャップを被せつつ、懐中電灯を点け集中してセルフィスという街のポートレイト博物館へのルートをマジックペンでたどった。


「よし! ここから西へ……およそ三十キロ。ブリウス、頼むぞ!」


 ハンドルを握るブリウスは緊張しながらも次第に気分が高揚していった……。

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