第15話 ポール・ロッソ
「あそこへ行ったらお前が声張り上げて……圧倒されて一瞬固まったよ」
リッチーはそう言ってジャックの肩をさすった。
ジャックはうつむいて歯を食いしばり、泣くのを堪えている。
レストランのレザーソファに横並びに座る二人。
リッチーは言う。
「もう思いきり泣いてしまえ。泣けばいい。傷ついた分、また強くなるはずだ」
赤く腫らした目でリッチーを見るジャック。
リッチーは優しく微笑み、こくりと頷いた。
「……ぅ、うう……うわああああん!!」
八月十一日。
とんだ十七歳の誕生日になってしまった。
イタリアンレストラン〝
ジャックはそこで働いている。
大柄で気のいい主人マスターはリッチーたちを歓迎し、ジャックに時間を与えた。
丸々とした体格で口髭が特徴の主人ポール・ロッソはソウルズ四人の来訪をいつも心から喜んだ。
恰幅のいい者同士のポールとルカは古くからの付き合いだった。
昔二人はイタリアの軍隊にいた無二の親友、同胞だ。
戦闘で負傷したポールが退役し、ルカも「お前がいないとつまらない」と言ってそれに続いた。
三年前ポールはここイーストリートに移り住み、店を開いた。
ルカはジャックの仕事の世話をポールに頼んだ。
そして連れのブリウスのことも、今は彼に頼んでいる。
ポールはジョッキにビールを注ぎ、高らかに掲げた。
「ハッピーバースディ! ジャック!」
いつしか涙も枯れ、笑顔に戻ったジャック。
「声がデカいよポールさん、ちょっと恥ずかしいから」
「ワッハッハ ! めでてぇ日じゃねえか、許せ許せ。さぁ飲め、ビール……じゃなくて」
ルカが既にジャックに渡している。
「お前ももうすっかり大人だな」とルカが誘う。
「うわあ、どんな? 苦いの? ビールって」と言ってジャックが皆を見回すと、ポールがワハハと豪快に「コイツいつも勝手に空けてるくせに」と笑ってジャックの肩をもみもみした。
「じゃ一杯だけな。はい、じゃぁお前にとって良き一年になりますようにハーイ、カンパーーイ!」
ポールは時に、ルカたちに憧れる。
――俺もお前たちのように自由に流れて生きていけたら。そもそもしがらみが嫌で家を出て……俺はここまで来たんだがお前たちは違う。そう、とてもクールなんだ。
ソウルズの仲間としてリッチーさんよ、俺も仲間に呼んでくれないかなあ……そんな微かな思いを胸に、いつだって彼らを心からもてなした。
ポールは少しだけソウルズのことを知っている。
何故ルカがブリウスを預けたのか、その理由も理解している。
ルカはまだリッチーとの仕事を終えられない。まだしばらくは。
莫逆の友ルカはかつて戦地で敵国の飢餓を目の当たりにし、改心した。
決して口には出さない彼の使命感を、ポールはよく理解していた。
だから咎めないし他言もしない。
それがポールの誇りでもあった。
午後五時過ぎ。
ルカがそろそろ時間を気にし出した頃、店の扉が派手に開けられた。
飛び込むように入ってきたのは学校から帰ってきたブリウスだった。
「ルカおじさん!」
「おーう、元気そうだなブリウス! 背が伸びたな!」
****
ジェノベーゼ、マルゲリータ、ペパロニと黒オリーブ、三種類のピッツァがテーブルに並ぶ。
次にシーザーサラダとトマトとモッツァレラのカプレーゼ。
鴨のロースのプロシュートとモルタデラ。
パスタはムール貝のペスカトーレ。
大皿のトマトソースはポール秘伝の味だ。
ポールの豪勢なもてなしに一同は鼻をひくひくさせ、万歳してはしゃいだ。
壁にかかった〝虹の絵画〟に見入っていたリッチーが微笑みながら席に座る。
テーブルを囲むソウルズの四人とジャックそしてブリウス。
揃ってあらためて乾杯し、ルカはブリウスの肩に腕を回した。
「半年ぶりだなブリウス。学校は楽しいか?」
ブリウスもルカの隆々とした背中に精いっぱい腕を伸ばし嬉しそうに答える。
「まあね。バスケは、楽しい」
「そっか。勉強の遅れは?」
「大丈夫、ジャックとクリシアも教えてくれるし。おじさんは何してたの?」
「あ? ああ、最近は機械いじってた」
「ふーん」
「
「うん、そこ満点。ポールさん面白いし大酒飲みでよく笑って、おじさんとよく似てるからすぐに慣れたよ」
「ああ? あいつと俺が?」
「そうさ。体デカいとこ冗談よく言うとこ」
「ポールのはオヤジギャグ。俺のはもっとインテリジェンスだ」
すると厨房からポールの突っ込みが入る。
「ルカ! だーれがオヤジだ! ……というヤジだ!」
「うわ、つまんね〜。それよりポール、ビールのおかわり。つまみもね」
「つまみね〜。何にもねー」
「うっわ、ケチ!」
「ケチ言うな。そっちがつまんね〜言うからこっちもつまみね〜ってな。もうそこいら辺のケチャップでも吸っとけ」
「お前はほんとケチや! っっ ぷぅ!」
「ぷぅ! とか言ってかわい子ぶっても全然かわいくねえし面白くもねえんだよ、オッサン!」
「オッサンだとぉ!」
「だろうがよ、てめえも俺にオヤジだって!」
「ほら、そのアンチョビをあ〜ん、ちょびっと食わせてくれりゃあいいんだ!」
「何だそのあ〜んて。キモいんだよ! あ〜んなコッタ、やなコッタ」
このこの、やるかこのやろと揉み合う巨漢二人に皆、
「……同レベルやん」「まじ似てる」と呆れ返った。
笑う皆にルカとポールはペロリと舌を出し、いっしょになってガハハと笑った。
ジャックは誕生日プレゼントのピンストライプシャツにサングラス姿で陽気に振る舞っている。
だが何度か右の拳をさすっているのをリッチーは見逃さなかった。
「痛むのか?」
ジャックははっと背を正し、座り直してサングラスを髪までずり上げサムズアップで答えた。
「うん。あの爺ちゃんの骨張った手のひら、硬くて……ちょっとひりひりするけど、もう大丈夫」
事のいきさつを聴き、リッチーは相変わらずの一本気な勇ましいジャックに笑みをこぼした。
「全部我慢しろとは……俺もお前の歳の頃は暴れたから言えんが、ただもっと利口に動け。いいな?」
「うん。わかったよ」
ブリウスはこそこそとルカの耳元に。
「久しぶりじゃない? ソウルズそろうの」
「……まあな」
「何かあるの?」
「べーつに〜。たまたまみんな都合ついたんだよ」
隣りのジミーが相槌を打ち、言う。
「来月はブリウスお前の誕生日だ。なぁルカ、こうやってまた集まろうぜ」
それにうんうん頷くルカおじさんを見ながらブリウスはパスタを頬張った。
「おじさんたちもここに住めばいいのに」
「ええ?」
「もう泥棒なんかやめてさ。みんなでここに住むんだよ」
ルカとジミーは顔を見合わせ苦笑いで頭を掻いた。
リッチーたちより先に店内にいた親子連れ二人と一人の老婆が勘定を済ませ店から出ていった。
しばらくして若い男女のカップルが入ってくる。
その男の視線が一瞬、奥の彼らのテーブルに投げられた。
それをリッチーは見逃さなかった。
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