第10話 秘宝
ソウルズ四人はやがて港へ。
かなり酒を飲んでいたはずのルカだが、今はすっかり素に戻り、ステアリングを握っている。
彼はどんな時でも酒に飲まれることはない。
FREEDOM号の上、ウェットスーツを着たホウリンは甲板に胡座をかき、ショートホープに火を着ける。
目をつむり、
ジミーは忙しく動き回ってる。
ウインチに漁網、酸素ボンベにサーチライトの入念なチェックだ。
初めての仕事に強張った面持ちのジミーをリッチーはいたわる。
「緊張するか?」
ジミーの苦笑い。
「へへ……違うよ、寒いのさ。もっと着込んでくりゃよかった。あ〜あ、さみぃ〜」
「ハッハ、そうか。気が引き締まっていいだろう」
ソウルズの今回の仕事はいつもと違う。
強奪というより継承。
リーダーであるリッチー・ヘイワース家代々の夢、〝キャプテン・キーティングの宝探し〟の終焉だ。
長い歳月をかけ、リッチーは確かな情報を手にした。
極度の緊張感と集中力で銀行や美術館を襲うのに比べ、今回は半ば胸躍る一大イベントだった。
〝キーティングの意志を継ぐ者こそ財宝を手にすることができる〟そんな言い伝えに加え、イブの夜に海に潜るという行為もどこか神聖な気分があった。
ルカが舵を取る船は沖へ。
慎重に暗闇の中を前進してゆく。
背後には賑やかな街の光が広がっている。
シナトラやビング・クロスビーの歌うクリスマスソングが聞こえる。
港には誰もいなかった。
警官の巡回時刻も把握している。
イーストリート市政二十周年の特別なクリスマスイブの催しに街は集中している。
リッチーは言った。
「ここの人間はクリスマスをこよなく愛している。恋人や仲間、家族と過ごす。海上保安の者もこぞって休暇をとっている」
ホウリンは人差し指を立て、
「そしてモニターには穏やかな海の映像だけが流れる」と応えた。
リッチーは彼の背中をさすり労をねぎらった。
そして街の、フェデリッチ通り辺りを目で追い、三人に言った。
「せめて今日まで……ジャックとクリシアのそばにいてあげたかった」
わかっているさとルカがその肩に手を。
ジョージは戻らなかった。それが残念でならなかった。
そして船は定位置に。
リッチーとホウリンが潜り、ルカとジミーは船に残る。
リッチーのいつもの台詞とともに仕事が始まった。
「クールに
****
凍てつく闇の深海
慎ましく神秘に満ちた
海の底、洞の迷宮に横たわる一頭の鯨
息絶えてもなおその巨躯は朽ちることなく伝説を守り続けていた
海神の啓示を受けた盗賊が今
未踏の聖域に降り立ち、
秘宝は彼らの手に委ねられ
語り継がれた物語の幕を閉じる
盗賊の頭は遺産の解放を誓う
価値あるものを生かすために
使命を果たすために
****
「……天文学的な額って、いったいどんだけ」
「たとえば。まるごとこの国が買える」
「ふぇーーっ!」
財宝についてのルカの答えにジミーはのけぞった。
船の上で待機している二人。
しんしんと雪は強く甲板に降り積もる。
「もっとも、リッチーには興味のない話だ。あいつの考えてることはもっと違う次元にある」
ルカの言葉にジミーは頷いた。
「ああ。リッチーは
ルカは両手を広げ冷気を吸い込み、雪を味わう。
「あいつは貧困に喘ぐ地を救い、その子らの未来まで添おうとする……」
「……うん。俺はその子らの代表さ」とジミーは呟き、ルカに一つ訊いてみた。
「三人はどうしてチームに?」
「え? 俺たち?」
「そう。リッチーとルカ、ホウリン。組むきっかけって……」
「ああ。俺たちは昔、それぞれに一つのブツを狙ってた。国王エルドランド一世の黄金の甲冑。三人同時にそれを手にした。オレらの考えも同じだった。飾って眺めるより解放しろ、金に変えて無いところに回せってな。……で、最初は睨み合ったがそのうち奪い合うより分け合う方が賢明だと、それも三人同時に考えた。そしてプレートアーマーを部位ごとに分解して分けた。それからさ」
「……クールだな」
「動くためには金が要る。だが金自体に興味はない。仕事の後のビール一杯、それだけありゃあ満足さ」
「……だよな。みんな質素だし」
「ハハッ。……なあジミー」
「なんだい?」
「これで最後になるかもしれん」
「え?」
「俺たちソウルズ最後の仕事。これで終わり。これで解散」
「ま……さか、嘘だろ?」
「俺の勘だがな。リッチーは言わないが、そんな気がする」
ジミーは言葉を失う。ルカの深く白い吐息が切なく散った。
「また酒が欲しいな」
その時、海面からひょっこりホウリンが頭を出した。
「よぉ、お待ちかね!」
「おっ、やったか?!」と慌てて身構えるルカとジミー。
「ああバッチリよぉ! さあ、上げてくれ」
そして漁網で船に引き上げられる宝箱。
二百年前の威風漂う海賊の誇りと糧が封じ込められた幻の宝の箱。
リッチーは立ち、右の拳を天に突き上げた。
「おおキーティング! 我らがキャプテン!!」
****
雪降る中、漁船FREEDOM号の上で盗賊ソウルズの四人が宝箱〝海賊キャプテン・キーティングの財宝〟を囲む。
冷えきった体をタオルで包み、ポットのコーヒーを啜るホウリン。
彼は目を丸くして語った。
「いやしかし驚いたよ。本当にいたんだ鯨が。それも白鯨。ありゃあモビーディック。きっとあいつのことなんだ」
リッチーが顔を拭きながら笑う。
「違う違う。エイハブ船長の足はなかったろう?」
「あ、ああ……あったら記念に持ち帰ってた」
「ハハッ。だが確かに、ただのマッコウクジラとは思えんな。あれは神の化身ではなかろうか」
ルカは顎をさすりながら感心している。
「この箱だけでも大した金になりそうだ」
ほぼ金属の塊ともいえる真四角の宝箱。
それは白鯨体内の空間で傷むことなく美しく、厳威にあふれている。
リッチーが言う。
「これは〝キーティング・チェスト〟とも呼ばれた」
ルカが返す。
「きっとベルザは、チェストは君にしか開けられないと言ったんだろう? 超一流の鍵師リッチー・ヘイワースにしか」
「ああ。……だがルカ。お前のバカヂカラの方があてになるかもしれん。フフフ」
これまで世界中ありとあらゆる金庫を破り、全ての錠を解いてきた鍵師リッチーはあらためてその腰ほどの高さのチェストの前に屈み、鍵穴を睨んだ。
そして一同を見回し、言った。
「解けるかどうか。とにかく約束を果たさなければ。先ずはこれをベルザのもとに運ぶ。まだ気は抜けないぞ」
FREEDOM号はゆっくりと港を目指す。
立ち上がったホウリンが目を細めて言った。
「おい。俺たちの車のとこに誰かいるぞ」
「ええ?」とジミーも隣に立つ。
「ん? 子供だ……」舵を取るルカが目を凝らした。
「ブリウス……か?」
リッチーは船首に寄り、その子の姿を確と認識した。
「……違う。あれは……ジャックだ」
ハーバーライトに照らされて、船乗り場に立ち尽くしている少年。
白いハーフコートを着たジャック。
彼が遠くから四人の方を見ていた。
眠ってしまったブリウスとクリシアを残し、何も言わずにアパートを飛び出してきたジャック。
力のこもった白い息が降りしきる雪を解かすほどに。
遠くからでもリッチーはジャックが泣いているのがわかった。
――どうしたっていうんだジャック……前のめりにリッチーは眉をひそめた。
ジャックは拳を握りしめ、目を赤く腫らして叫んだ。
「行かないで!! 僕も連れてってーーっ!!」
泣きじゃくりながらジャックは叫んだ。
****
船から降りるリッチー。そしてジャックを抱きしめた。
「だめだ。連れてはいけない。クリシアもいるだろう? ……お前のパパも」
「だって、だって……帰ってこないもん!」
ジャックの頬に浮かぶ燃えるような悲しみ。
見つめるリッチーは煩悶し、その首すじをさすった。
「ああ、俺たちも捜す。見つけてみせる。だから泣くんじゃない。俺たちはまた来る。お前に会いに」
「僕も船乗りになる。リッチーさんと、みんなと、一緒にいたい!」
リッチーは迷ったが、これ以上嘘はつけないと思った。
「俺たちは闇に生きてる。金銭を盗む悪党だ。犯罪者なんだ。そんな危険な俺たちの世界に、お前を引き込むことはできない」
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