第9話 クリスマス・イブ
〝街のイルミネーションが日を追うごとに
夢幻の光を増し気分を高揚させてゆく
真の深い意味や慣習を問わない聖なる祭は
人の想像を掻き立て 人の希望を呼び覚ます
澄んだ空に響き渡る鐘の音は平和の調べ
鏤ちりばめられた鈴の音はときめきの光
降り注ぐ優しさはひとつふたつと隣人を紡いでゆく
祭りを祝うことで心は清められ希望の光はきっと
その絆の中にこそ見出せるものと確かめるのだ
クリスマスは誰にでも優しく夢を与えてくれるだろう
人種や宗教などを越え
あなたが『メリークリスマス』と言えば そこに必ず光が溢れ出す
その煌めきは慈悲深く 他者を包んでゆく〟
「……その煌めきは平和への願い」
路地裏に立つリッチーはそう呟き、その壁の落書きから立ち去った。買い物で賑わう路地を足早に、駐めていた車に乗り込んだ。
市の地域振興課はイルミネーションの最終点検のために数十名の電気工事業者を各担当箇所へ向かわせた。
ある者は駅へ、ある者は橋へある者は大聖堂へ……そしてある者は繁華街ヴァンサントスの地下へ。
人混みに紛れ、電気会社の作業服に帽子、腰に工具を携えた男――ホウリンは一人、マンホールの蓋を開けた。そして、
「つがる娘は〜ないたとさ〜、つらい別れをないたとさ〜、リンゴ〜のぉ〜花びらがぁ〜〜、風にぃ〜……」
そう鼻唄混じりに地下へ降りていった。
プレゼントを詰め込んだ紙袋を両手に、ジミーは店を出た。
もう待たせてるかもしれないと、彼はリッチーのもとへ急いだ。
雑踏を抜け角を曲がると警官に出くわした。
体格のいい警官と、その隣には生成りのスーツを着たアッシュブロンドの長髪の男がいた。
ジミーが「メリークリスマス」と言うと警官は顔をしかめ、スーツの男は無視した。
「すみません、急いでいたもので……」
ジミーはそう言って頭を掻き、走り去った。
警官は無視したが、スーツの男はそのジミーの後ろ姿を目で追い、言った。
「あれは元ボクサーのジミー・リックスだ」
ルカは車の中でブリウスに言った。
「明日、イブの夕方はパーティだが夜は仕事だ。お前はジャックとクリシアの家にいろ。明け方までには迎えに行く」
「今度は何盗むの?」
「ち、違う違う、盗むんじゃない。譲り受け、解放するんだ。俺たちはキャプテンに選ばれたんだ」
「……リッチーさんのこと?」
「〝キャプテン・キーティング〟さ。知らないか?」
「あ、知ってる! 海賊の絵本に出てくる大悪党だ!」
「…………」
ジャックは嫌だった。明日でリッチーたちとお別れなんて。
ブリウスとも知り合えたのに。
ずっと一緒にいて欲しかった。もし許されるのなら。
陽が沈み、粉雪が舞い散る。
ジャックにとってはただ切ないだけのクリスマス・イブ。
****
十二月二十四日午後六時。
ルカとブリウスがチェンバースアパートに着いた。
少し遅れてリッチーとジミーも。
階段を上がってゆくと、下からアパート管理人のマルコが呼び止めた。
「こんばんは。リッチーさん。少し話が……」
リッチーは手を上げ、皆に先に行くよう促した。
一階の片隅でマルコとリッチーは向き合う。
子供たちのはしゃぎ声が上から漏れてくる。
リッチーは微笑み、手にしている紙袋から二つ、取り出した。
「後で伺うつもりだった。メリークリスマス。子供たちに」と、彼はマルコにプレゼントを渡した。
思いがけないことにマルコはたじろいだ。
「あ……そんな、すまない。ありがとう」
「……で、話とは?」
マルコの顔が引き締まる。
「ベルザからの送金があった」
「何?」
「初めてのことじゃない。ジャックとクリシアのためにと、手紙も」
「……そうか」
「俺はまたジャックを学校に行かせようと思う。民生委員も黙っちゃいない。ジョージが帰ってくるまで、家で引き取る」
「赤ん坊もいるのに大変だとは思うが、そうしてくれ。頼む」
深く、リッチーは頭を下げた。
マルコはプレゼントを抱きしめながら申し訳なく言う。
「早くそうできなくて悪かったと思ってる。あいつが今にも帰ってくるんじゃないかと。そう。まだ諦めたわけじゃないんだ」
「うむ。明日、俺はベルザに会う。その後ジョージ君を捜しに行く」
****
百センチメートルの鉢植えのモミの木が床に慎ましく置かれた。
テーブルの上にはケーキ、ターキー、ジュースにシャンパン。
グラスを用意しながらクリシアがきょろきょろと見回す。
「ホウリンさんは?」
サンタの帽子を被ったリッチーが答える。
「あいつはひと仕事終えてから七時には来る。俺のケーキとっといてくれよなって」
メンバーから子供たちにプレゼントが手渡された。
手袋にセーター、マフラー、本にレコード、ミニカー、ぬいぐるみ……。
そしてジャックがリッチーからもらったのは真鍮の懐中時計。
裏には翼を広げた鷹と〝FREEDOM〟の文字が彫られている。
それはヘイワース家に伝わる宝物の一つだと聞き、ジャックは涙目になる。
それをリッチーは抱きしめ、背中を優しく叩いた。
「船の清掃、ありがとう。俺たちは気を許した仲間。親友だ。忘れないぞ」
食べてひと息ついた頃、ウクレレを爪弾きながらホウリン・サンタがやって来た。
ルカとジミーの滑稽なパントマイムにブリウスとクリシアは笑い転げた。
リッチーのマジックは鮮やかで、誰もそのトリックを見破れなかった。
別れはつらかったが仕方なかった。
これが最後じゃないとリッチーはジャックに告げ、部屋を後にした。
ライティングテーブルに飾ってあったジョージとクリスティーンの写真。
何も言わない子供たちが余計に切なかった。
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