第7話 ソウルズ
「この出会いに乾杯!」
ファミリーレストラン〝ニルスの美味しい旅〟にて。
合わせて七人が囲む円形テーブルの上にはおよそ食べきれないほどの豪華な料理が。
ジャックとクリシアは目をまん丸くしてゴクリと唾を飲み込んだ。
黒髭を撫でながらリッチーが言う。
「遠慮しないでたらふく食べるんだぞ」
既に二杯目の巨漢ルカがジョッキを高らかに掲げた。
「ブリウスとクリシアに愛の祝福を〜!」
「な、なんだよそれ!」とブリウスは顔を赤らめルカを睨んだ。
「照れるな。お前たちなんだかお似合いだ」
クリシアは恥ずかしくて顔を上げない。
リッチーはルカを小突いた。
「やめろルカ。そんなデカい声で品のない。お嬢ちゃんに嫌われちゃうぞ」
「……あ。そうか、すまん」
ジミーとホウリンが顔を見合わせ笑い、フォークを持ち、口をそろえて言った。
「早く食おうぜ、腹減っちまった」
ブリウスはおじさんたちは漁師じゃないと言ったがリッチーはそれを否定し、「俺たちは世界を股にかける漁師団〝ソウルズ〟さ」と言った。
ジャックは素直に受けとり、その世界というものに想いを馳せた。
そして四人の男たちの不思議な魅力に胸を弾ませた――。
――同じ時を過ごし、話をする度に大きな存在に思え、心の安らぎを覚える……黒髭の〝リッチー〟は明らかにグループのリーダーだった。
ジャックは忘れない。あのレストランでの光景。
顔貌、髪の色、におい、訛りが違う、外国人というだけで差別する。
同じ人間だというのに。
「ここは自由と平等の国エルドランドじゃないのか?」
リッチーの問いはジャックの胸にも重く突き刺さっていた。
ブリウスの叔父さんだという金髪リーゼントの〝ルカ〟は体も声も大きく酒好きで荒々しい風貌だが、ジョークを交わしてすぐに打ち解けることができた。
車の
ヘビースモーカーの東洋人、白い帽子にサングラスの〝ホウリン〟には一見気難しさを感じたが、俺は人見知りだと言いジャックに握手を求めてきた。
忘れっぽいからメモ魔なんだとペンを取り煙草の内箱にジャック・パインドと書いて、その右手を両手で温かく包んで微笑んだ。
褐色の肌の〝ジミー〟は先住民リバ族の男。メンバーの中で一番若い、元ボクサー。
現役当時は短髪でもっと痩せていた。テレビで見たのを思い出した。
今はリッチー専属のボディガードだという。
あの時見た彼の動き、パンチの速さ、鋭さ。それはジャックの目に鮮烈に刻まれている。
そして語らいの中にやはりリッチーは仲間から頼りにされ慕われる……その中心人物だとジャックは確信した。
一方でリッチーは調べていた。
ジャックの父親ジョージ・パインドのことを。
消息を絶って三か月とは長過ぎる――逃避? ――こんなかわいい子供たちを残して――しかしもし、これが事件だとしたら……と、リッチーは目頭を押さえた。
警察の体たらくは今に始まったことではない。それを嘆いてる時間はない。
持てる全ての情報網でジョージを捜さなければと、リッチーは裏で動いていた。
****
三日目は仕事の後、リッチーはジャックとチェスをし、四日目はドライブをした。
五日目は船で沖に出て、釣りを楽しんだ。
「ねえ、リッチー。どうしてこの町に?」
「……漁をしに」
「一度見てみたいな。漁をしてるとこ」
「それは……できない」
「どうして?」
「朝が早い」
「早起きするよ」
「というか夜中だ。子供はベッドで夢を見ている時間。それにクリシアもいる。一人にはできんだろう」
「妹も連れてくる」
「だめだ」
リッチーの許可が下りない。ジャックは素直にあきらめた。
「わかった。OK!」
ジャックの釣り竿を調整した後、リッチーはリールを巻きながら遠くを見つめた。
「……なぁ、ジャック」
「何?」
「イーストリートはいいところだな」
「うん」
「……お前のパパ。この町のこと、どう思ってるんだろうか」
ジャックはそのまま海を見ながら答えた。
「好きだって、信じてる」
「ここで生まれ育ったんだろう? たとえば憧れの街や思い出の町など、思い当たる場所はないのか?」
「え?」
「いったいどこへ行ったんだろな」
「……僕も行けるとこは行ってみたけど」と笑ってジャックは顔を向けた。
目を見合わせる二人。
寂しさに堪え、明るく振る舞うジャックを見ていると、リッチーはいっそう胸が痛かった。
「ジャック。どんな些細な思い出話でもいい。とにかく今、ジョージの情報を集めてる」
「え? どういうこと?」
「どうしても気になって少し調べたんだ。警察は力不足でラチがあかない」
ジャックの澄んだ瞳が潤み、射し込む陽光に一瞬煌いた。
「その時の配達先だった酒場、仕事場の社長や同僚たちにも訊ねてみた。乗り置かれたピックアップも見せてもらった。確かに、何も得られなかったが」
「……リッチー」
「……とにかく俺はお前の力になりたいんだ」
「リッチー……引いてる」
「……ん? あ! そ、そうか!」
リッチーの糸がピンと張り、竿がしなった。ジャックは立ち上がり手を添えた。
「リッチーは本当に漁師なの?」
「なんだと?」
「もしかしたら……探偵さん?」
「はは、そんなんじゃない」
そしてリッチーはジャックの手を借り、二人で力を合わせて大きなマグロを釣り上げた。
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