第6話 ボーイ・ミーツ・ガール

 ブリウス少年はその日一人で町中をぷらぷら歩いていた。

 ビタン橋を越え、スキャルファ大聖堂の横を通り、ウェインバーグ公園の売店でフランクフルトを買い、鳩を追い、スキップしながらまたヴァンサントスにあるオモチャ屋さんへ向かった。


 午後四時。フランクフルトで口の周りをテカらせたブリウスはショーウィンドウに飾ってある赤いビュイック・スーパーのミニカーに目を奪われた。

「うっわーー! カッコイイーー!」

 そのままかなり集中して見つめていたが、ふと背後を通り過ぎる女の子に目が行った。

 その子は泣いていた。

 綺麗なはずの艶のある黒髪をくしゃくしゃにしてずっとうつむいて。

 ブリウスはやけに気になった。

 それからすぐ、向こうから男の子が三人走ってやってきた。


「おい待てよ! 逃げんなよ! 花壇の花踏みつぶしたの俺たちだって、先生にチクったのお前だろ、知ってんだぞ!」

 何やらうるさい雰囲気だ。

「答えろよ!」

「ちがうもん! 私じゃないもん!」

「うそ言え! お前ぐらいしかいないんだ!」

 走って逃げようとする女の子を悪ガキ三人が囲む。

「正直に言え!」

「何よイジメっ子! お兄ちゃんに言いつけるから!」

「ほーら、そうやって先生にも、だろ? こいつ!」

 一人が彼女の肩を小突いた。

 ゴリラのような親分が声を荒らげ言った。

「へん! 知ってんだぞ、お前の兄ちゃん学校行けなくて働いてんだろ! 父ちゃん逃げたのはお前の兄ちゃんが不良だからだって、警官のパパが言ってたぞぉ!」

 子分の二人も調子づく。

「その妹もぜったい不良だ!」

「お前らなんかどっか行け!」

 三人の下衆な言葉に彼女はついに声を出して泣き出した。


 ブリウスは我慢できなかった。

 気がついた時には子分の一人を突き飛ばしていた。

「痛ぇ!」「誰だお前?!」

 女の子をスッと背にし、三人を睨みつけるブリウス。

「お前たち卑怯だぞ! よってたかってこの子を、女の子をいじめるなんて!」

「てめぇカッコつけんな!」

 子分が飛びかかってきた。

 その拳を払い除け、ブリウスの蹴りがそいつの脛に決まった。

 もう一人が上から襲いかかると今度はボディブロー!

 ジミー直伝の必殺パンチが炸裂。

 ブリウスは歯をむき出し、「俺を怒らせるな!」と吠えた。

 その気迫にゴツい親分は怖気づいた。


「う、うぅ……パパに言いつけてやる」と言って親分は一目散に逃げ去っていった。

 残された二人も「覚えてろ!」とその場を立ち去った。

「ああ、いつでも来い! 相手になってやる!」

 中指を突っ立て、ブリウスは言ってやった。

 そして後ろを振り返る。

 女の子はまだ泣いていた。

 ブリウスはダウンジャケットを脱ぎ、彼女の肩に。


「……泣くなよ。もう大丈夫だって」

「……うん……ありがとう」

「あんなヤツら、一人じゃなんにもできないんだ。あんなの見ると、俺……絶対許せないんだ」


 ****


 リッチーからもらった日当を胸に、彼に大きく手を振り、ジャックは家に戻った。

 ベッドにひっくり返り、自分にとっての聖なる封筒を天井に透かしながら今日のことを考えてみた。

 ――リッチーさんみたいな大人もいるんだなぁ……どこから来たのか、素性も、職業も、船のことも、仲間のこともわからないけど……絶対悪い大人ではない。優しくて強くて……ああいう大人になりたい……と、ジャックはまぶたを閉じ、想いを巡らせた。 



 夕飯の準備をしようと身を起こした時、クリシアが帰ってきた。

「お兄ちゃん、ただいま!」

「おっ、お帰り! ん? 今日は元気いいな。学校でなんか楽しいことあったのか?」

 クリシアはコクリと頷く。

「うん。学校はいつもと変わんないけど……帰りに、いいことあったの」

「……へぇー、どんなこと?」


 ジャックは首を傾げ、一生懸命身ぶり手ぶり説明するクリシアの顔を見つめた。

 見知らぬ男の子がいじめっ子をやっつけ、助けてくれたという。

 こんな明るい表情見るのほんと久しぶりだと思いながら……一つひっかかる。


「……え? 赤のダウンジャケット?」

「うん。肩にかけてくれたの。でも寒くなかったから返したけどね」

「そいつの名前は?」

「あ。わかんない。……う〜ん、ツンツン髪の勇者くん」

 そう言ってクリシアは照れて部屋へ戻った。


 ****


 次の日は日曜日。

 仕事に出かけるジャックの後をクリシアが追う。

「私もお手伝いしたいの!」

「しょーがないなぁ」



 ……そして船の上。

 クリシアは礼儀正しく挨拶する。

「おはようございます!」

「あらためまして、妹のクリシアです」

 ジャックの紹介とお願いを受け、リッチーは大いに歓迎した。

「これはこれはいらっしゃい。リトルガール」

 腰を屈めクリシアの頭を撫でるリッチー。

 温かく迎えられジャックは安心した。

「日曜日だというのにすまないな、ジャック」

「いえとんでもない、こちらこそお言葉に甘えて」

「クリシアか。いい名だ。よろしく頼むな」



 ジャックが甲板を磨き、クリシアが窓を拭く。

「手が冷たいだろ、今度は兄ちゃんが絞ってやるよ。かしな」

 クリシアはかじかむ小さな手でピースサインを送った。

「大丈夫。全然平気だもん」



 一段落つき、リッチーがミルクティーを用意した、ちょうどその時だった。

 お待ちかねが現れた。ルカと一緒にブリウスが船に上がってきた。

 今日も威勢がいい。


「ジャック兄ちゃん!」

「おぉブリウス! おはよ!」

 ルカもニカッと笑い、デカい声で呼ぶ。

「ジャック、元気か?」

「はい! とても」

 あのレストランの時とは違う少年らしい応えに、ルカの顔もほころんだ。

 そしてそこで目を丸くし固まっているクリシアがいた。


「……お、お兄ちゃん、あの子。なの」

「え? ……やっぱり?」

「助けてくれたの、あの子。勇者くん」

 まさかとは思っていたがジャックの勘は的中した。

 クリシアは恥ずかしそうにジャックの背中に隠れた。

 鮮やかな赤いダウンを着たブリウスももちろん気づいていた。

「あ、あの時の子、だよね?」とブリウスは身をのり出して言う。

 ルカがブリウスの肩をガシリと掴んだ。

「なんだなんだ? お前たちお知り合いか?」

 リッチーは口髭をさすりながら微笑み、言った。

「よし。後でジミーとホウリンも来る。皆で旨いもの食べに行こう」

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