第5話 ジャックの新しい仕事

 海上保安庁の監視カメラの設置場所を地図にマークするホウリン。

「そして配線はヴァンサントスの地下を通り管区本部へ……こう伸びている」と言ってリッチーに渡した。

「よし。ジミーもありがとな」とリッチーは彼らの肩をさすり、立ち上がった。

 見上げるジミーが首を傾げる。

「え? どこへ行くんだいリッチー」

 〝鍵〟を見せて答える。

「ちょっと届けてくる」



 FREEDOM号にリッチーとルカがいない間に船に落ちていた鍵はジャックのもので間違いないと、リッチーは再びあのレストランを訪ねた。

 準備中の店の扉を叩き、店長を呼んだ。

 案の定ジャックはやめさせられていた。

 ともかく彼の住所をメモにとり、今に至る……。


 午後六時。リッチーは車を停め、室内灯をつけた。地図を広げ場所を確かめる。

 そこは……イーストリート十番街区フェデリッチ通り五五四六チェンバースアパート。

 車を降り、二階を見上げた。

 ――ジャックは妹と二人だけで暮らしているとブリウスから聞いたが……。

「……二〇二か。灯りがついてる部屋だといいが……」


 ****


 二〇二号室。夕飯の支度を終えた時、その音は鳴った。

 ビーーッ、ビ、ビーーと接触の悪いチャイムの音にジャックとクリシアは振り向く。

「まさか、パパ?」

 誰かが訪ねてくる度にそう思うのは当たり前だった。

 二人は玄関へ行き、ドアの覗き穴から向こう側を。

 その薄明かりにぼんやりと浮かぶ人影……は父親ジョージではなかった。

 歪んで見えるが父よりも少し背が低く丸い頭のすらりとしたシルエット。

 ジャックは応えた。

「……どちら様ですか?」

「ジャックか? 俺だ。リッチーだ。この前レストランで」

「え! リッチーさん?」

「覚えているかい? 中にはいれてよかったな。……船に来たんだって? 鍵を落としていったろう」


 ジャックはドアを開けた。

 気持ちがたかぶって声を上げた。もうこみ上げている。

「リッチーさん!」

「よぉ! ジャック!」

 両手を広げ立つリッチー。

 部屋の明かりに照らされ微笑むその姿はまるで聖者だった。ジャックにはそう見えた。


「そうか、妹ちゃんがスペアを持っていたか?」と、潤んだ目のジャックをリッチーは優しく抱きしめた。

 ありがとうと何度も言い肩を震わすジャックの痩せた背中をさする。

 そしてその後ろでじっと見つめるクリシアに、リッチーはそっと鍵を手渡した。


 ****


 その次の日、十二月十四日。

 ジャックは漁船FREEDOM号の上に立っていた。

 リッチーはジャックを雇った。

 日給一万ニーゼという仕事は大人でも容易くありつけない。

 それは数日間の船内清掃。

 リッチーはこの町に滞在している間に、ジャックにできる限りのことをしたかった。

 それが〝仕事を与える〟ということだった。



 沖からの冷たい風が吹きつける。

 悶えるように船が揺れる。

 そんな中でもジャックは活き活きとモップをかける。

 椅子に座って新聞を読んでいるリッチーをちらりと見て、ジャックはたずねた。


「……本当に掃除だけでいいんですか?」

 小さく頷くリッチー。

「お前は几帳面な男だと見た。仕事ができると。掃除は頭を使う立派な仕事だ。全ての基本だな」

「……は、はい!」

「ジャック。このFREEDOM号は喜んでる。お前に磨かれて、とても嬉しそうだ」

「ありがとうございます!」

 実に爽やかなジャックの笑顔。

 リッチーはサムズアップで応えた。

「リッチーさん、あとひとつ、気になることが」

「ん?」

「今日は、ブリウスはどこにいるんですか?」

「ルカと一緒だからな。宿をとって泊まってる。……そうか、すっかり友達になったんだな」

「は、はは」とジャックは照れて笑った。

 リッチーは立ち上がりウンと背伸びをした。

「ブリウスはルカが連れ回してるせいでここ一年学校に通ってない。だから一人でいることが多い。ルカにはなんとかしろと言ってるんだ……あいつも少しは考えてると思うんだが」

 そう言ってリッチーは近づき、ジャックの肩に手を置いた。

「短い間だが、仲良くしてやってくれ。ブリウスと、俺とメンバーと」

「はい! も、もちろん喜んで」


 ジャックはまるで新兵のように直立不動に答える。

「ジャック、肩に力が入り過ぎてる。それじゃ長くもたんぞ。気を楽にもて」

「……わかりました、リッチーさん」

「んー。いや、『OK!』でいいんだ。それで俺のことは『リッチー』でいい。俺はお前をジャックと呼ぶ。対等だ。俺たちは友達だ。いいな?」

「は、はい! わか……じゃなくて」

 ジャックは少し強張った顔で緊張を隠せずにいたが、目はキラキラと輝いていた。

「OK! リッチー!」

「そう。それでいい」と、リッチーはにこりと笑った。そして、

「ジャック。俺もひとつ、気になることが」

「え? ええ……」

「たとえば……せめてクリスマスまでに、パパは戻らないのか?」



 昨夜、リッチーが肩を寄せてもジャックは多くを語らなかった。

 ちょっと長いお留守番ですと答えただけ。

 涙は見せても笑顔で振り払うジャックが健気だった。

 その間だけでもせめて俺たちが兄妹二人の寂しさを埋められたら――リッチーはそう思った。

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