鈴を鳴らせ、混沌の中心で

「チャベス大統領がアルゼンチンから核技術を入手したという噂は本当だったのか」

「ええ、そうです。正確にはイランのリクエストを仲介しただけ」

アスナとマスードを乗せたドラグーン300四輪装甲車は怒号渦巻くカラカス市内を縦断していた。中国湖北省武漢で発生した新型コロナウイルスによる肺炎は南米大陸に拡大し、わずかに予防効果があるとされる医薬品を各国が奪い合っている。カラカス空港に中国本土からの支援物資が届くと、貨物を降ろす職員とゲートを突破した市民との間で小競り合いが起きた。ただちに衝突を回避すべくベネズエラ陸軍の装甲車が鎮圧を始めた。

ガスマスクやバンダナで顔を覆った若者が火炎瓶を投げつけ、タイヤを燃え上がらせる。ドラグーンの隊列が砲塔を群衆に向けた。号砲一発、コッカリル90mm低圧砲が数十名を消し飛ばす。

「容赦ねえな」

マスードはナイトビジョンの紅蓮に向かって呟いた。

「口を慎んだ方が」

アスナはやんわりと釘を刺した。

「ベトロニクスで筒抜けってわけか」

彼はすぐに口をつぐんだ。ベトロニクス――車両電子工学装置に武漢のメーカーロゴが記されている。そして二人はロシア軍将校の制服に身を包んでいる。サウジにとっては完全なるアウェーという訳でもないがベネズエラの国際的立場は微妙だ。アメリカのヘラルド・ワイルドカード大統領は度重なる制裁を繰り出したが残念ながら体制転覆には至っていない。

「核の話は続けていいのよ」

アスナが促すと軍人は大げさに深呼吸をした。

「しかし、その話はどこまで信用していいんだ。 サーバンナと言ったな?」

ベネズエラ当局は国内に潜伏する表現の自由戦士についてノーコメントを貫いてる。事実上の黙認を装っている。

その真相はイランに対する牽制だ。表現テロリズム―ポルノ・小児性愛・動物虐待・薬物推奨・共産主義―を世界から根絶する対表現戦争の一翼を担う「ふり」をして、正義のうわずみだけを啜っている。言論弾圧の裏で一部の自由戦士を懐柔し、飼い慣らしている。イランに対する保険だ。

「サーバンナ。電力制御網の一角を占める巨大データセンターよ。アルゼンチンは世界最大のリチウム産出国でもある。核技術と一緒に電力ノウハウも移転したの」

「その話、ここでオープンにしていいのか?」

「周知の事実よ。ワイルドカードが名指し批判してる。ベネズエラ政府はいぜん否定してるけど。塩漬けになったままの施設がお荷物になってる。米大統領は臨界前核実験のシミュレーションに悪用されてるというけど」

「サウジは同じOPEC創設メンバーとしてどういうスタンスを取るんだ?」


「決まってるじゃない。敵の敵は味方よ。その為に地球を半周して鈴を鳴らしに来たんだから♪」


アスナはアクセルを踏み込んだ。


空軍基地メインゲート前は戦場の様相を呈していた。米国産人道物資の搬入を求める人々がプラカードを掲げている。

アメリカはかねてより南米における左派イデオロギーの拡散防止に苦心しており、隣国コロンビアに爆撃機を駐留させるとともに国境経由で物資を送り込んでいる。

「支援物資は汚染されています」

「米国に洗脳されないで」

歩兵の一個小隊が拡声器で冷静沈着を呼び掛けている。

「うるせえ!腰抜け」

「俺たちがついてるよ。一緒にロドリゴ(暫定大統領)を殺っちまおうぜ」

フェンスに張り付いた人々が兵士に共闘を呼び掛ける。

「リーベルテ!」

「「「リーベルテ!」」」

自由を、自由を。

求めるシュプレヒコールが月夜にこだまする。ワイルドカード政権の容赦ない締め付けが奏功し、ハイパーインフレに端を発した抗議行動が激化している。それに対し、治安部隊が発砲し無辜の血がおびただしく流れた。

多くのデモ参加者が逮捕され、表現の自由を抑圧する暴挙に対する反発が巻き起こっているのだ。


その列にアスナはドラグーンを割り込ませた。蜂の巣をつついたような騒乱と硝煙が混乱に拍車をかける。

しかし、その一部はみせかけだ。

爆発炎上するバリケードを縫うように車は進む。

「アスナ・サイード局長ですね?」

デモ参加者の一人がドラグーンに歩み寄った。

「魔を祓う音を奏でる」

「鈴を多く下げよ」

「それゆえにユダヤ教徒は?」

「鈴を常に身に着けよと主は申された」

コーランの一節だ。

アスナと参加者の間で何段階も認証がかわされる。




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