ボブキャット事件
海面高度100メートル。落ちれば肉片が飛び散る高さだ。コンクリートに叩きつけられたも同然。
「前夫に対する陳腐な復讐劇。はっは。まさか、そんな青臭い理由が稀代のレイプ魔擁護を突き動かす原動力だなんて、信じるバカがどこにいるかしらね」
サヴィヤヴァ姉妹の片割れ、アスランが哄笑した。ナズナは一糸纏わぬ姿で吊るされている。頭上には白い波が逆巻いている。風が肌に刺さる。切り刻まれるというより皮膚ごと肉を削がれるようだ。
「マユズミ・ミゲルは、あたし――ナズナを殺したのよ。永遠の庭に生きる咎のない女性をね。在留外国人監督庁に入りびたり、ロクに働きもせず。朝から晩まで国籍国籍。どうしてだと思う?」
ケイレブは虚空を見つめ考え事をしていたが、すぐに閃いた。
「女よ。妊娠4カ月を過ぎても関係を清算できなかった。違うかしら?」
苦虫を潰すような表情をナズナが返す。
「まぁ、御気の毒と言うほかにないわ。夫に捨て置かれ、思い出のオンゲで振り向かせようとしてみた。ところが故意か偶然かボブキャットにプレイヤーキャラクターを食い殺された。IT社長を名乗るほどの男なら妻の端末に鉄板の防御を施せるはず」
「そ、最新鋭のセキュリティーソフトすら入れてくれなかった。アバター侵襲フィルターは標準装備になったけど」
ナズナが逆説的な反撃を思いついたのも無理はない。川田文則が無罪放免、少なくとも執行猶予がつけばボブキャットの襲撃は「犯罪」でなく「事故」と言う扱いになり、ナズナは堂々と夫の不誠実を糾弾できる。犯罪ならば「犬にかまれたとでも思え」という諦めの同調圧力が猖獗を極めるが、アクシデントともなればハードルがぐんと下がる。妻のサイバーセキュリティを蔑ろにしたネグレクト夫。世間の同情が集まる。おまけにミゲルは破綻したとはいえ、仰天界信のグループ企業トップだ。弁解の余地がない。
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