アメリカン・ショートヘア
コバルト線源――X線検査など医療用や産業分野で使われる放射線源は人工的に作られる。とはいっても、原子炉の様な大掛かりな施設は要らない。加速器と言う装置を用いて日常的に製造されている。
チワワメディカル社から流出した機材が北朝鮮へ向かう途中でどこへ行ったのか大国の情報部ですら掴めなかった。
「皆目見当がつかないというのなら、人間の所業ではないでしょう」
アスナは神の関与を仄めかした。
「では、いよいよこれは主の御意思だ。我々は粛々と正義を代行しよう」
マスムードは帆場栄作をすぐさま処刑するよう提案した。
しかし、アスナは顔を曇らせた。「それでは表現の自由戦士たる彼が殉教者になってしまいます」
「っ! そうか。迂闊だった! 我々が怒りに任せて奴を殺せば、神隠しを間接的に認める事になる」
「シーア派の勝利です」
シーア派の教義によれば、マホメットの12代目は未だに存命で「ガイバ」と呼ばれる神隠しの状態になる。彼は末世に衆生を救済しにくる予定になっている。その為、廟はない。
「では、どうすればいいのか」
軍人は運動不足な犬の様に同じ場所を巡った。
「では、鈴を鳴らしましょう」
◇ ◇ ◇
「よーし、いいぞ。その調子だ。いい子だ」
モフモフのウレタンに包まれて帆場栄作は至福のひと時を満喫していた。独房とは言うものの、それは一般とはかなり乖離した部屋だ。まず、出入口らしき部分が見当たらない。
シームレスな部屋だ。特別製の樹脂で一体成型されたユニット構造で継ぎ目がない。作り付けのベッドとオーガニック式の浄化槽を備えた簡易トイレ、そして食料と水は数十日分が予め運び込まれている。監視カメラや盗聴マイクの類は結線されておらず、超長期間記録可能な媒体を内蔵している。もちろん電話やインターネットなど外部と通信する手段は最初から廃されている。
出入り可能な入口は一つしかなく、これも開閉する度に封印される。というか、囚人が外出するときは棺桶に入るか、ユニットを丸ごと定期交換する時だけだ。
帆場が司令部に出頭したあと、大掛かりな換装作業が行われた。それも新バージョンのユニットだ。
マスードの提案を受け入れて量子暗号装置が敷き詰められている。その暗号鍵が破壊された時にセンサーが公開鍵の不一致を外部に伝える、
その水を漏らさぬ警戒を突破した猛者がいる。
ゴロゴロと喉を鳴らす小動物の気配がする。
「おーよしよし、来てくれたのか。待ってたよ」
ネコだ。
母親が仔猫を呼び寄せるときにだけ発する「グルル」という嬌声が部屋に響いている。飼い主と親子関係以上の絆を結んでいる証拠だ。これは家猫を長年飼い続けても容易に到達できない境地である。
「ニャア」
アメリカンショートヘアーが帆場の背中によじ登った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます