サヴィヤヴァの双子
「…革命防衛隊の関与を完全に否定しました。イランのダアワ大統領は捏造であるとアメリカを糾弾、最高指導者アッダワ師も神を恐れぬ行為と激しく非難しました。繰り返します。先ほど」
マダイン・サーレハの消滅を西側メディアはテロリズムときめつけ、中露および核合意に批判的な陣営はサウジの核開発を疑っている。
「まぁ、そうなるわな」
女子トイレの窓越しに男性の会話が聞こえてきた。石原ナズナはぎょっとしてスカートを濡らしてしまった。こんなところにまでパパラッチが張り込んでいるのでは、逃げ場がない。彼女は息を潜め、トイレットペーパーを静かに回し、あちこちの汚れをふき取った。もそもそとくぐもった会話がまだ続いている。
変態。ナズナは心の奥で小さく毒づいた。まったく男どもはどうして微に入り細に入り異性を把握しようとするのだろう。
と、その時、ノックする音が聞こえた。
個室の扉からラウンドトゥが侵入している。厚底で古典的なロリータブーツ。
「居るんでしょ?」
もう一度、今度は強めのノック。
「出て行って!」
ナズナは大きな声ではっきりと通報する旨を伝えた。すると、男どものざわめきが消えた。どこかで換気扇がミツバチのように働いている。
「被害者24800人のレイプ魔を弁護する女だから、どんなコワモテかと思ったわ」
ケラケラと幼稚園児のようにはしゃぐ。
「誰なの? マジで警察を呼ぶわよ」
「逮捕されるのは貴女かもね。石原ナズナ法律会計事務所長さン?」
語尾を上げるもったいぶった言い回し。相手の弱みを掌握しどん底に落す自信に満ちた者だけに許される雄弁だ。
「そこまで把握しているなら要件を言いなさい。ちなみに、あんたの行為は脅迫罪の構成要件を満たしてるわよ」
百戦錬磨のナズナが度胸を見せた。悪質な詐欺グループや違法な債権回収業者の居直りに連勝してきた。ここで舐められては営業成績に関わる。
「貴女の元夫。石原…今はマユズミ姓だっけ? 今じゃ自慢のIT社長も無一文。半グレの闇サイトをデザインして糊口をしのいでると言うね」
「か、かんけい……も、もう知らない人間よ。財産分与も慰謝料もなしで、…と、とっとと出て行って貰ったわ」
敏腕弁護士の活舌が揺れる。法の番人とはいえ、所詮は人の子だ。誰でも抱えている闇が彼女にもあるのだろうか。
「末梢神経の震えは有機溶剤の精神的影響よ。旦那さんの実家は塗装工だったわよね?」
ロり声が真綿でじわじわと首を絞める。
「ど、毒劇法には違反してないわ。あ、あたしは事務所のリフォームを……あ、あくまで」
ナズナはしどろもどろに違法性を否定する。あくまで工事中に二次吸引したと言い張るのだ。だからと言って、施行後に有害な塗料を継続使用する権利は認められない。
「慰謝料とバーターだったわけね。ふんふん♪ そこまではとっくに調査済み。さぁて♪」
「さて、って何よ? 口止め料がわりにブラックな依頼を引き受けろっての? お断りよ! あたしはねぇ!!」
張り倒してやろうとドアを開け放つ。しかし、それは空振りに終わった。バタン、キュー、バタンと蝶番が虚しく羽ばたいている。
「誰もいない? そ、そんな」
ナズナはそっと耳を澄ますが、水のせせらぎ一つ聞こえてこない。
かわりにひらひらと小さな紙片が舞い降りて来た。
「QRコード?」
スカートのポケットから電子ペーパー携帯を取り出し、床の紙きれに向ける。アプリストアが起動し、インストールが勝手に始まった。
THOR――暗号化疎通手段トールが使用上の注意と免責事項をアナウンスする。そして、次の画面遷移でナズナの背筋が凍った。
「表現の自由戦士?」
完全招待制のクローズドSNSが自動的にコードを打ち込んでオンラインサインナップを始める。
サヴィヤバの双子。招待主のプロフィール画面が開き、同士リストに川田文則
の世間をなめくさった顔が並んでいた。
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