アル・メデシア

ベライゾンと子供たちを乗せたシャトルが発進する頃になってようやく太陽が昇ってきた。地平線の上から現れた朝日を全身で浴びる。

ベライゾンは大きく深呼吸した。

「あー、空気うまーい!」

**

***

アル・メデシアは、この国で初めて作られた宇宙船だ。その船体は白く塗られ、金粉がまぶしてある。船体の中央にぽっかり空いた穴、これが宇宙航行用推進機関であり、船外から流れ込む膨大な推力によって船体が押し出される構造だ。そのための推進器だが見た目には非常に頼りなく映る。事実、設計段階でトラブルが頻発したのだが当時の技術者たちは何とか運用に成功していた。それがなぜ今こうして打ち捨てられてしまったのかといえば理由は至極簡単だ。

「もう必要ないんだから当然だよねー!」とベライゾンも納得している。

「何しろもう100年だもんね」とマルガリータも相槌を打つ。

彼女たちが今いる船倉はかつてこの船が飛び立つ為に使われていた場所であり、今はガラクタ置き場になっている。天井は崩れて外が丸見えになっていたし、床は埃に埋もれていたから足を上げる度に煙が上がるほどだった。船内に灯る照明もない。

「そろそろ行こうか?あんまりここに居たくないし」とルビンスキーが言えば、「うん、賛成」とベイが同意した。

四人が船倉を出てゆく中、一人の子供が一人だけ残った。まだ幼い少女だ。

彼女は壁際の木箱に座り込むと両足をぶら下げた状態で膝を抱えた。

その少女の名はリリィ。かつてこの船に乗っていた乗組員の子孫だった。

彼女は寂しかった。両親とも死に別れて、姉もどこかへ行ってしまった。もう誰も残っていないのが辛かった。

そこへふわりとした影が落ちてきた。顔を上げた時、リリィは驚いて立ち上がった。「お父さん」と言いかけたのは彼女が見たものがあまりにも懐かしい人物に思えたからだ。

影はゆっくりと降下してきた。リリィが見上げるほどの巨躯、銀色の鱗で覆われた肌に長い髭、そして鋭い牙と瞳孔の開いた金色の双眼が彼女を見下ろしている。ドラゴンが少女の目の前に着地したのだった。リリィは後ずさりながらも父と呼んだ相手に呼びかけ続けた。「お父さん……会いたかったよ」そして彼女は駆け寄り、抱きついた。父の匂いに包まれると安心できた。ずっとこのままでいてほしいと思った。

ドラガヌフは娘の頭をなでながら優しく諭した。「よいか、いつまでもわしに頼ってはいかんぞ」そしてリリィの耳元に口を寄せてこう囁いた。「おまえさんは強くなれ」すると彼女は泣き出しそうになったが、必死にこらえた。ここで泣いたら父は困ってしまうに違いないと幼心に感じ取っていたからだ。

彼女は袖口で涙を押しとどめて父の顔を見た。そして、うん、うん、うんうんうんと何度もうなずくのだった。「わかった、強くなるよ、わたし、いっぱい勉強して偉くなるよ。そしたらお母さんも戻ってくるかも」「そうだな、そうかもしれんな」「それで、いつか、お嫁に行くの」「ああ、そうだな」

その時、背後から声がかかった。「おい、いつまで油を売ってるつもりなんだ?行くよ」

「はい、お父さん!」

リリィは元気よく返事をして、もう一度父に向き直った。「お父さん、行ってくるね!」

「達者で暮らせ」

そして、彼女は仲間の元へと走り去っていった。

エピローグ:星々の旅路

『星間航路図』

銀河連邦加盟国及び星系連合に属する星々を結ぶ航宙路を網羅した地図。

銀河帝国時代に作成された物を元に、各星系の自治政府が発行したものが流通しており、その精度については諸説ある。

現在発行されている物は二種類あり、一つは『銀河系版』と呼ばれるもので、全天の半分ほどをカバー、もう一つは『新天球型惑星圏版』と呼ばれ、地球を含む星系が記載された物が流通している。

どちらも詳細な情報が記載されており、その信頼性は高い。

ただし、星間航路は刻々と変化しているため、『銀河系版』には最新の情報が反映されているとは限らない。

なお、星系図は国家機密扱いとなっており、一般には公開されていない。

『星々の旅路』

星間交易に従事する者たちの間で語り継がれている伝承の一つ。

星々を旅し、星を渡り歩く商人たちの物語で、吟遊詩人たちによって歌い継がれている。

だが、その内容はまちまちで信憑性に欠けている。

例えば、ある者はある星で巨大な都市を見たといい、また別の者は巨大な樹が生えた砂漠の星を見たという。

他にも多種多様な話が伝えられているが、共通しているのはどの話にも共通するキーワードがあることである。

それは「星々の旅路」という言葉だ。

その言葉の意味するところは不明であり、星々を渡る旅人たちが共通して口にしたことから広まったらしい。そして、星々を巡る旅人たちの多くはこう言ったとされる。「また星渡りの旅に出る」と

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