「まったく、あんたって人は」

「まったく、あんたって人は」

あきれ果てたというふうにハンニバルはため息をついた。「それで、これからどうするつもりだね?」

フェルミはミネルヴァを抱き上げたまま黙って考え込んでいた。やがてこう答えた。

「まずはこの子のお母さんを探します」

「どうやって」

フェルミが口をつぐんだとき、彼女の頭上に光が射した。

見上げると、青い空と雲海が広がっている。太陽と月も二つ並んで同じ高さに。地上はどこへ消えたか。

ミネルヴァが意識を取り戻し、ぱちくりと見回す。

「ここが天国?」

「いいえ、違います。私たちまだ生きてるみたいですよ」

「あたしたち、星へと行く船に乗ってきたからかなあ」

二人は笑った。それから手と手を取り合って「行こう、お母さんがいる場所まで」と言うのであった。

ガウリール隊が去り、ハンニバルだけが残った地下空間。そこに月明かりの差し込む亀裂が生じた。

亀裂は徐々に大きくなって人ひとり分の穴になる。

そこから一人の少女が歩み出た。マリスとそっくりな面差しに背中まで伸びた漆黒の髪。胸はささやかなものの背格好も同じである。

「マリス」彼女が言う。

「うん」マリスが返事をする。

二人は手をつないだままだったからお互いの姿が見えているようだ。

「帰ろうか?お家に帰っておいしいごはん食べようよ!」

ミネルヴァは首を横に振った。彼女の足下で石畳が小さく砕けた。「もう帰る場所はなくなったよ……」

彼女は悲しげにうつむいた。

「あたしさ、ちょっと思ったんだ。この世界って神が作り上げたのかもしんなくて、あたしらもその一部だったんじゃないかってさ。だって、神様の言う通り世界ができてたじゃん。それにさ、こんなあたしだけどお父さんに会えてよかったよ。ありがとうね、大好きだよ。それだけは言えるからさ。ほら!握手しよう」ミネルヴァの顔が上がった。「手出して、一緒に繋ごうよ」そして二人は手と手をとりあった。小さな手と手は指と指を組み合わせてしっかりと握りしめられた。「ミネルヴァはどこに帰るの?」「マリスは?」二人同時に聞き返していた。「あたしはさ……きっと……」マリスは目をそらす。「そっか……じゃあさ」今度はミネルヴァが尋ねる番だった。「あなたは何になりたいの」マリスはしばし考えてから笑顔を浮かべて「そうだねえ」と答えたのであった。

フェルミはマリスと共に石柱の上に立っていた。眼下には緑なす森が広がる。鳥の声はしない。動物や草花といった生命の気配はない。

彼女たちはただ立ちつくしていた。そして、ミネルヴァも。「私たちはこれからどこに行けばいいんですかね」「それは誰にもわからないです」

フェルミが肩を落とした。だが、すぐに彼女は顔を上げて、

「大丈夫です。あなたはもう自由ですから、どこへでも行けます。あなたの好きなように生きればいいのです」そう言ってフェルミは両手を差し伸べた。「さぁ、おいで」

マリスも真似をした。ミネルヴァが微笑んだように見えたのは気のせいではないだろう。「私は行くところがある」そう言い残して彼女は跳躍した。その動きはとても自然なものだった。

風が吹いてスカートのひだが翻る。そして、月夜の空へと消えて行った。


エピローグ:星々の旅路 月が天頂を通り過ぎようとしている。東の空は薄紫から紺碧を経て瑠璃色へと移り変わりつつあった。その色はゆっくりと西の地平線に近づくにつれて青味が薄くなっていくだろう。夜空に輝く星は一つまた一つと数を減らし、今まさに新たな夜明けを告げようとしていた。その光景は見る者の胸に様々な感情を呼び起こすに違いない。ある者は感傷的になり、別の者は絶望を覚えることだろう。あるいはもっと素直に美しいと思う人もいるはずだ。「おはようございます。今日も素敵な天気ですね」

そんな言葉を誰かに投げかけられればだが。

要塞の外壁は崩れ去り、巨大な構造物の一部が瓦礫となって残っていた。

それは塔にも見えるし、城壁の一部のようにも見えた。かつて星間交易を行っていた頃の名残りだろうか。今はただ朽ち果てつつあるばかりだが、その残骸を見ればかつての栄華を思い描くことはできるだろう。「あの子はうまく逃げられたのでしょうか?」「わからん」

ザッザと乾いた砂を踏み分ける音と革鎧を鳴らした集団が歩いてくる。

ハンニバルとフォルツ親子の帰還であった。ハンニバルが後ろを指差した。「フェルミ殿なら心配はいらない。あの後すぐ、マリスとともに旅立った」

ザッザとフォルツが歩き出した。彼の顔には安堵の色が浮かぶ。だが、それもつかの間、彼らの顔が引きつった。砂の中に何か埋まっていたからだ。

ハンニバルはしゃがみこむと、それを掘り返した。金属で補強されたブーツの先が現れる。

「誰のものだ?」とハンニバルが尋ねたが、答える声はなかった。

「そうか」

フォルツは腰を抜かしたまま砂の上に尻餅をついていた。その脇をザッザと抜けてゆく者がいた。ガウリールである。彼の目元には深いしわが刻まれており、表情を歪めていることがわかる。しかし、ハンニバルは彼を咎めない。彼もまた一人の戦士なのだから。

彼は振り返ることなく言った。「我々はこれからどうすればいい」

「それを考えているのだ」ハンニバルの言葉にフォルツも続いた。

ハンニバルは少し考えてからこう言った。「ひとまず我々の家に帰るべきだな」

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