賽は投げられた
「よし、これでどうにか整ったぞ!」
ガウリールは福脳の助けを借りて、一個中隊分の装甲車両部隊を仕立て上げた。機械の体は偵察部隊だけでなく、実戦部隊を指揮する能力がある。
なぜなら、強攻偵察という任務は敵と交戦してみてその潜在能力を推定する仕事だからだ。ちょっかいをだして全滅させられました、じゃ話にならない。
最前線に配備されている敵の最新鋭機と互角以上に戦って、逃げ帰るだけの実力が求められる。
そして、装甲車両は重武装した歩兵を高速で戦場に展開する乗り物だ。一台でも狼狽えるとたちどころに総崩れとなる。
彼の身体は無人の装甲車両一個大隊を稼働させることが可能だ。たとえ、敵の兵器で部下が斃れようとも。装甲車には砲塔やリモート式の自動機関砲など、陸戦兵器が搭載されている。
それらを隊長格が遠隔操作できるのだ。
さらに彼はとっておきの嫌がらせ行為を施した。各車両にデカデカとデゾブレン翼竜ポータルの社章とロゴを記したのだ。
当該企業の名はザイドリッツにも知れ渡っている。バーゼノンで採れる繊維製品はケーブルの被覆や機械部分の保護カバーなどザイドリッツの重工業に欠かせないものだ。
いくら非友好的な関係にあるとはいえ、砂漠化した地上で余剰の生産能力を持つ国は数えるほどしかない。
そういった生活に密着した外国企業が自国の軍需産業と癒着したと知っても、あまり驚かないだろう。
「だがな、ザイドリッツの国民は潔癖症ぞろいだ。モスボールされているはずの廃工場に使途不明金が注入されているとなれば黙っていない」
彼は副脳を経由して各車両のエンジンをかけた。ゴウンと地鳴りがして工場裏手の駐車場から鉄騎の群が這い出す。
王都に向けて進軍しようとした、まさにその時、軍用チャンネルにブレイキングニュースが流れた。
「城塞都市エスキスで交戦だと?」
速報ではエスキスの魔女学校付近で大規模な戦闘が勃発した。交戦当事者や規模、被害の状況、理由など詳細は一切不明だが、映像が状況を雄弁している。
学園付属の特別警察が出動し、一匹の翼竜と空中戦を演じた。その背中にはジャグニの子女とおぼしき少女とザイドリッツ兵が乗っている。
「なんだと?どこの部隊だ!伏兵か?勝手なことを」
ガウリールは食い入るように中継画像を眺めた。遠目で解像度がとてもあらく、顔が判別できない。しかし、彼は偵察兵である。若干の情報を増幅して真実に近づける。
装甲車両の索敵機能と連動してピクセルデータを補正すると、モザイクがじわじわと鮮明になった。
「ドミトリー!ドミトリー・ジャトール」
運転席の翡翠パネルはロングヘアの紅顔を拡大した。どういうつもりか、作り物のロングヘアで女装している。
前座の女は何者だ。その素性はしらずとも、正体はすぐにわかった。
ジャグニの魔女。それも筋金入りだ。学園特警相手にグリモワールを使役し、なおかつジャトール少尉に援護射撃させている。
二人の関係はいうまでもない。魔女と徒弟だ。少尉は軽々とケルヒャー級ワイバーンを乗りこなし、その背中を踏み台にして一斉射撃を行った。
魔法の箒はひとたまりもない。
”はぁん!ひほふ、ひほふぅ”
あげくは、前座の女そっくりな幻影が縦横無尽に暴れ回っている。
重科学と純粋魔法のコラボレーション。こんなものが戦場でつかわれたらどんな強力な軍隊も太刀打ちできない。
そもそも科学は得体の知れない魔法を手の届く範囲へグレードダウンしたものだ。いわば凡人向けの魔法といえよう。
「科学には限界がある。同じく魔法は扱いにくく、大掛かりな術は不安定かつ使用者の素養や熟練に左右される。それが”そこそこ使えてほどほどに強力”な兵器として運用されるほど恐ろしい事はない」
ガウリールは柄にもなく身震いした。
「なんということだ。やめさせなければならない。一刻も早く二人を始末せねば。しかしいくら装甲車を蹴立てようとも制空権は奪えない」
どうすればいいのだ。ガウリールは思案した。彼は国家、換言すれば大衆に仕える身だ。ならば、彼らが頼りだ。
「これはもう戦争だ。対バーゼノンで王宮は一色だろう。しかし、いつの時代でも痛みを蒙るのは国民なのだ。いま、ザイドリッツで
彼らにもっとも近い指導者は誰なんだ」
ガウリールは脳裏で紳士録をめくった。すぐに見つかった。委員会だ。
ザイドリッツは工業国であるとはいえ、そのエネルギーを魔導の遺産に依存している。その炉がまもなく燃え尽きてしまう。
ギャロン・ギャモンは耐用年数と睨み合いながら炉をなだめる要職にある。
きっとザイドリッツの未来も彼は見据えているだろう。
「そういえば、あの時、何か棘を持った言い方をしておられたな」
王宮で選帝侯に謁見した時のことをガウリールは克明におぼえている。
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「め、滅相もない。魔女を復職させたギグル様の慧眼には脱帽いたします。それが証拠に袖砲をはじめとする王立軍甲冑の火力が飛躍的に向上しました。フォルツ公の肉弾戦略は間違っておったと認めざるを得ません」
「では、魔女が裏切った…と?」
王妃が詰問した。
すると、ギャモンは振り返った。「そこの偵察隊長殿が詳しいのでは?」
指名されたガウリールは動揺した。「い、いいえ、そのような事は」
「MIA(作戦行動中失踪者)が一名…」、とだけギャモンは告げた。
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「まるで、ベライゾン妃に非があるとでもいいたけだった。それに、なぜMIAの存在をほのめかしたのだ?」
王妃が黒幕ではないのか。考えたくもないがそういう陰謀論すら成り立つ。
こうは考えられないだろうか。
王妃は最初からバーゼノンにジャトールを潜入させる意図があって、袖砲技術の漏洩を画策した。その実はガウリール偵察隊の後方に介入し、後ろ弓を引かせる目的だった。
ならば、ギャロン・ギャモン委員も王妃の側に立っている危険性もありうる。権謀術数うずまく宮廷は猿回しの芝居小屋だ。
「ならば、その芝居小屋をキャタピラーで踏み壊すまでだ。こっちから仕掛けてやろう」
ガウリールは思い切った手段に出た。装甲車両の通信装置を最大出力にしてあらゆるチャンネルで大々的にアピールした。
ベライゾンが深く関与している。
ボールは祖国に投げられた。
誰が拾いに来るか楽しみだ。
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