容赦なき、帰還命令
ドミトリーとフェルミを載せたワイバーンが到着した頃、閑静な住宅街にただならぬ気配がただよっていた。
「ごらんなさいよ」
「あれ、ファーディさんちの娘さんじゃない?」
「デゾブレンの翼竜だわ。マリスさん引っ越しでもするのかしら?」
「ちょっとちょっと、あの不格好な人は誰?ぶくぶく太ってみっともないったらありゃしないよ」
「ちょっと、フェルミちゃん!」
ご近所のオバサンがたに見つけられた。
「やばいやばい。さっさと出発しようぜ!」
動転するドミニオンをフェルミがたしなめる。
「しっ! それと大声を出さないで。おしゃれ魔法でフォローしきれないから」
「だって…むぎゅ」
フェルミは減らず口を濃厚なキスで塞いだ。もちろん、近隣住民の目線を計算している。
地上で羽ばたくワイバーンと鞍が連動する。揺れ動く二つの人影。
「ン、まぁ…!」
「あら、ま」
たちどころに誤解が広まった。ご町内の皆さんはそそくさと解散した。
「いつまでしがみついてるの…ヨッ!」
フェルミが翼竜の胴を蹴る。
「のわーっ!」
同時に突き上げるような加速がドミトリーを後部シートに押し付けた。
ケルヒャー級は戦車のように重い甲冑男を軽々と高みへ持ち上げた。
そして、二人は言葉を失った。
平和であるべき学び舎が…燃えていたのだ。
王宮にはベライゾン妃ですら入れない秘密の場所がある。
「玉座の担ぎ手ほど饒舌な愚か者はいないのだよ。頼みもしないのに女より騒がしい。私が裸の王様だと思ったか」
防音結界に囲まれた密室で選帝侯は声を潜めた。ちょろちょろと水が流れる音がカムフラージュになる。
「それで見返りは何と申す? よもや、貴君もただでこの私を動かそうなどとは…」
会話の相手は透明人間ではない。王都を離れる事、機械歩兵の健脚で半日。遥か乾いた海を望む廃墟の一角である。
街はまだくずぶっている。鉄骨が飴のように捻じ曲がり、砕けた石材の間からチロチロと青い炎が芽吹いている。
視線を瓦礫の向こうに移すと、漆黒の岩塊が浮かんでいた。大きな影が街区に落ちている。
「しかし、必要な情報はすべて渡したはずではないか!」
ギグルは思わず腰を浮かした。
「ふっ、笑わせてくれる。情報網など自前で整備しておるわ。貴君の耳目は忠誠心の検証でしかないのだよ」
夜よりも暗い闇の奥で男が苦笑した。
「は? …この私ですら信用できないと?」
「いやいやいやいや。少し言い過ぎた。貴君の情報は十二分に役立った。非礼は詫びよう。その証に貴君の安全は私が約束しよう。保証する!」
そこまで断言されては、ギグルも拳を下すしかなかった。
「ゲルマンカズラの有望株は如何か? 首を一つ、何なら傷一つない生娘のまま差し上げよう」
選帝侯は鼻息を弾ませた。
「ファーディ家は神樹の依り代として生み出された一族だろう。容易ではないぞ?」
「私に考えがある」
ギグルは腹案をつまびらかにした。ガウリールだ。フォルツ公暗殺の汚名をそそぎ、無実の部下を救うべく躊躇なく、魔女狩りを敢行するだろう。
ドミトリー少尉がベライゾンのスパイであり、偵察隊を亡き者にすべく製造された事実に気づいているはずだ。そして、彼はジャグニと行動を共にしている。男女の首を選帝侯に献上すれば、隊の冤罪が晴れるばかりか、その名誉と地位は盤石なものになる。
「ふむ、労せずして漁夫の利か。貴君らしいな。まぁ、よい」
密談の相手はもぞもぞと暗闇から這い出た。そして、側近を招き寄せた。
「ハンニバル。もうひと働きしてもらおうか」
蛍光色が格子状に煌いた。そして鏡面仕上げの鎧がゆっくりと歩み出る。
「ひと働きどころか存分に活躍できそうですよ。調子は上々です。まったく、
「怪我の功名でもある。お前が査定爆弾を誘爆させなければ、この船も埋もれているだろう」
「いや、むしろベライゾン妃の差し金ではないかと…あまりにもうまく運びすぎです。私を左遷した件と言い…」
コツコツと乾いたノック音が響いた。
ハンニバルと上司の会話が中断し、ドアが乱打される。
「誰だ?!」
ギグルが振り返ると眉間に風穴があいた。
「な…ん…で?…」
カッと見開いた王の瞳に悪女が映りこむ。
「地獄ほど安全な場所はないからよ。フォルツ公がたった今しがた約束してくれたでしょ? その為にハンニバルを泳がせたのです」そして王妃は顔を顰めながら個室の列に背を向けた。
「まったく、男どもと来たら! ザイドリッツにこのような忌まわしい施設は要りません。ことごとく廃しなさい」
「今、すぐで、ありますか?」
身辺警護兵たちが戸惑うと、王妃は袖を振り上げた。電光がほとばしり、口答えした男を焼き滅ぼす。
「質問は私からします。それからフォルツ! 星へと行く船を手に入れたからと言って、少し舞い上がってるようですね」
虚空に向けて凛と言い放つ。
「ハンニバルに寝首を搔かれるほど間抜けな私ではない。貴女の試みが興味深いから大人しくしておるのだ」
「知った口を…まぁ、いいでしょう。いずれ人は星へと渡る一つの衣に収まるのです」
王妃の強弁にフォルツは無言を貫いた。そして、彼女は水晶球を取り出すと恐ろしい指令を下した。
「ジャドール少尉、お前の愛する人と、その母を守るのです。そして、必ず祖国にお帰りなさい」
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