惨劇

栄えある魔女学校の入学式。

新入生の晴れ舞台は予期せぬ飛び入りによって盛大にぶち壊された。

「ひほふ、ひほふ、ひほふしちゃう~☆彡」

セーラー服にペチコート。下品を絵に描いたような痴女が校庭を駆け回っている。学内は大混乱に陥り、もはや式典どころの騒ぎではない。


禁断魔導書グリモワールの22番を持ち出した生徒は職員室に出頭せよ。さもなくば…」

三つ首の蝙蝠が校則違反者の出頭を促している。

「貴女のせいでわたしの人生はメチャクチャだわ」

ネルバが怒るのも無理はない。ウィッチーズは勉強さえすれば試験に合格しさえすれば誰でも入れる学校と違って、特別な選抜制度がある。本校舎地下13階の中心部に生える神樹にお伺いを立てるのだ。気に入られるようネルバは苦労を重ねた。

「…うちの娘もよ。だからデゾブレンにたんと貢いだのに!」

マリス・ファーディはついうっかり口をすべらせた。

「成金!」

ネルバは露骨に嫌な顔をした。

「わたしは言ったようにみなしごよ。デゾブレンの奨学金を返済するために人が嫌がる仕事も進んでした。だから神樹に認められたの」

それを聞いてマリスは思い出した。

「守衛に誰何されたとき、翡翠が書き換えられてたの!」

「じゃあ、娘さんじゃなく、お母さんが呼ばれたのよ」

えっ、とマリスは驚く。「神樹に認められてないのに?

「だから受付で揉めている間に神樹が変心したの。けっこう気まぐれだから」

では今現在、あちこちに騒動を振りまいている「あの」フェルミはどこの誰だというのだろう。

「使い魔が言っていることは本当だと思う。グリモワールの22番は人間を増やす魔法だから…」

「人を…増やすって?」

「だって戦争に使う術だもの。いざという時の護符として厳重に封印されてる」

「貴女、ずいぶんと詳しいのね」

マリスはいぶかしんだ。そして、言おうと思っていた質問を突き付けた。

「ネルバは本名じゃないと言ってたっけ」

あちゃー、と相手は顔をしかめた。

「そうよ。わたしの名前はミネルバ・フォルツ。ザイドリッツ第13代選帝侯の非嫡出子よ」


法律上は婚姻関係にない男女の間に生まれた子供である。ミネルバの母はフォルツの側室として殉死せず、バーゼノンにたどり着いた。

「ジャグニがザイドリッツを追われた歴史は知っているわ。そうなの…フォルツ選帝侯の子供と対話しているなんてね」

世界の狭さをまざまざと見せつけられる。

「父の祖国は母を裏切ったわ。わたしはそれが許せない」

「だからといって、ザイドリッツに一矢報いるために進学したんじゃないんでしょ?」

「そうよ!」

ミネルバはスクールバックを床に降ろした。ジッパーを開くと折りたたんだクルーネックシャツとくしゃくしゃに丸めた下履きが出てきた。今度はマリスがいやな顔をする。

「ベルヌ術の制服…」

「ええ、わたしの父フォルツがザイドリッツで広めようとしていた魔導格闘術。父は知っていたの。鋼で出来た身体を機械任せにしていると、怠慢でさび付いてしまう。鋼であろうと心身は鍛えきゃ」

ミネルバは父の遺志を継いでいずれザイドリッツに渡るつもりだった。そのためにはまず矢面に立って戦争を終わらせなければならない。


「これはうちのおてんば娘に着せるべきね」

マリスは胴着をカバンに押し込んだ。

「いいえ、貴女が着るのよ」

ミネルバがひったくった。

「なんでよ?」

彼女は黙ってマリスの宝珠を指さした。翡翠にはフェルミ・ファーディの名前がまだ灯っている。

「神樹は貴女をフェルミと認識しているのよ。個人情報を書き換えたのも神意。だから、生き延びなきゃ」


言い終えるのを待っていたかのように箒の群れが急降下してきた。

「学園特警?!」

ミネルバがマリスの腕をつかんで手近な教室に飛び込む。ドカンと教壇が吹き飛ぶ。

容赦ない攻撃魔法の直撃。窓枠が外れ、勉強机が床ごとめくれる。

「はあん!ひほふふひふぅ!!」

フェルミがどこからともなくあらわれた。彼女の軌跡を爆炎が追いかける。


メリッサは部隊を分割した。片方にフェルミの前途を塞ぐよう命じる。頭上の脅威はフェルミごと去った。

「今のうちに着替えて」

ミネルバがマリスに例の胴衣を押し付ける。

「どうしても、なの?」、と戸惑うマリス。

「神の思し召しよ」


◇ ◇ ◇

「はぁん!ひ・ほ・ふ!!」

フェルミの幻影がとびあがった。そのまま粘菌が成長するように身の丈がうねうねと伸びる。

「——?! ただの囮ではないのか?」

メリッサは得も言われぬ恐怖を感じた。「撤退だ! 全箒、撤退!!」

飴のようにねじくれた女がメリッサに絡みついた。

閃光がほとばしり、そして、校舎のガラスというガラスが一斉に割れた。

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