大陰謀
血のように赤い満月が等速度で追いかけてくる。ガウリールは首都ギグルへ続く旧街道をひた走っていた。ずっと昔に打ち捨てられたとはいえ、元は産業道路だ。舗装はしっかりしている。
機械でできた剣客は疲れを知らないが、徐々に広がる不安が足かせになっていた。
半時ほど前、青白い長方形が夜空を過った。王立陸軍のドローンだ。安全な高みから百戦錬磨の偵察隊長を見張るというのもおかしな話だ。
実際のところ、ザイドリッツ軍は空飛ぶ道具を信用していない。魔法の干渉を受けやすいからだ。機械の目鼻は簡単に騙せる。増してや距離があれば遠隔操作の干渉を受けやすい。
それでも敢えてメカニズムの眼を使う理由は固有の民族性ゆえだ。ザイドリッツは重工業で栄えてきた。斬新より伝統、流行より安定が好まれる。安全安心は重機械を運用する基本だ。それ故にドローンと人間の兵士。祖国を守る双眼で情報収集を行っている。
「…まてよ。祖国?」
つらつらと国の生い立ちについて雑念を巡らして、気づいた。
あの時だ。エスキス砦に侵攻した際、血気盛んな新兵は何と言ったか。
バーゼノン国境で飛び交う武装隊商をやり過ごし、絨毯の群れをかき分けて突入艇を不時着させた。ガウリール隊のディフェンスラインは盤石だ。機動する安全地帯と言っても過言ではない。彼の艇を頂点として強力な火力支援が光学迷彩を纏って砂漠に潜んでいる。。後方の守りは硬い。反面、持続可能性は短い。伏兵は狙い撃ちされやすいのだ。
だから、ガウリールは短期決戦を主眼に偵察隊に檄を飛ばした。
「血と硝煙と絶対鋼鉄の鎧、それが制服だ」
「お言葉ですがッ」
きびきびした若い反駁。おう、何だと隊長が振り向けば突入艇が突き刺さっている。ひしゃげたハッチを鋼の足がこじ開けた。
艇から刀を抜く際にドミトリー・ジャトールが口を挟んだ。
「郷土愛と国旗をお忘れです」
「そうだったな」
ガウリールはくっくっくと苦笑した。
偵察部隊の本分は情報収集だ。純粋に自分の五感で得た情報を客観的事実として持ちかえらねばならない。そこに主観や価値観といったノイズが一切、混じってはいけない。これが善であれは悪だという低俗なバイアスがかかった瞬間に情報はゴミくずになる。
そして、偵察部隊は諸国に神出鬼没する。時にはアウェーに長期間潜伏し、その土地の文化、民族に毒されてしまう。
そうならないように隊員にはある程度のストイックが求められる。
「もっと早く気づいておくべきだったよ。ドミトリー・ジャトール」
ガウリールは少年兵の不遇を憐れんだ。
「そんな君は員数外だったのだ。わが隊にドミトリー・ジャトールなどというメンバーはいない」
試しに副脳の自己診断機能を走らせてみると、彼に関する記録の一切が消されていた。
「ハンニバル公の言っていた餞別とはこのことだったのか。ドミトリー・ジャトール。君は何者なのだ?」
虚空のドローンに聞こえるよう、大声で問う。
「そうだろう。まったく、その通りだ。祖国愛のかけらもない部隊など、軍の恥部だ」
上層部に目の上のたん瘤だと判断する者もいるだろう。
ドミトリー・ジャトールはガウリール部隊を始末する口実だけではないはずだ。
何か大掛かりな陰謀が動いている。祖国が危ない。
ガウリールは国旗を纏う覚悟を決めた。
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