魔女のアーマー

”デジタル看護師の全タスクが完了しました。被験者の体調は【良好】。引き続き、かかりつけ医モードに移行します”

インプラントの任務終了報告をうわの空で聞いていた。眼前の魔女は安らかな寝息を立てている。

石畳で寝ては痛いだろう。ドミトリーはウィッチを草むらに運んだ。華奢な女など抱いたこともない。自然と体が動いた。

小石やごみを払い、そっと傷つかないよう慎重に降ろす。これが女という生き物か。見れば見るほど不思議な動物だ。着ているアーマーも常軌を逸している。

まず、不必要に幅広い襟、大きく開いた胸元。透き通るような肌に鎖骨が浮いている。何のために使うのかわからない赤い布を束ねてある。

フェルミがううっとうめいた。呼吸が苦しいのか。紙のように薄い甲冑を身に着けているのにどういうことだ。

ザイドリッツにはない軽くて丈夫な未知の金属が使われているのだろうか。これは持ちかえって報告せねばならない。

ガウリール隊長はさぞ喜ぶだろう。


”鹵獲・採取作業開始。サンプルの解体、分析を開始します”

副脳に任せるまま、フェルミの襟もとに手を掛けた。すると、あろうことか彼女がぱっちりと目を開けたのだ。

「ええええ」

とっさにドミトリーは飛びのいた。寝たふりをしていたのだろうか。

そしてさらにフェルミはとんでもない事を口走った。

「夫婦なんだから、がっつかなくてもいいのに」

これはどういうことだ。ザイドリッツに婚姻という概念がないこともない。選帝侯ギグルにはベライゾンという「女」の家族がいると聞く。姿は見たことも知る由もないが、そしてザイドリッツの科学技術を先導する魔女ウィッチも同類だという。

女と同居する理由は兵士の生産に不可欠だからだ。ドミトリーもガウリール隊長もアーマーを付けない素体として製造させた。そして必要な体格を得るまで成長という長い長い工程を経て、自分の役割に似合う装甲服を着せられたのだ。

このように夫婦になる行為には重大な国の運命が関わっている。戦う使命に殉じる者の伴侶は国家だ。

「な、何のことだかわからない…」

どぎまぎしているとフェルミはさらに迫ってきた。

”被験者を戦闘員の構成家族と認識。心身の健康を回復する治療を行いました”

ドミトリーにはさっぱり理解できないだろう。無理もない。ガウリール隊の任務には要人の人質救出解放という重大なミッションがある。

未だに発動されたことはないが。必要な処置にはバンデューラリシンというホルモンの投与が含まれる。親密度を増資する成分だ。

「わかってるくせに、見たんでしょ?」

ちらりとペチコートをたくしあげて挑発する。ドミトリーの目が釘付けになった。白くてふわふわした謎の腰甲冑ポードロンプレート

「だから、なんなんだ、それは? そんなアーマーは見たことがない。そもそも君は魔女なのか?」

「魔女学校の新入生よ。そうだ!学校にいかなきゃ」

母親が忘れ物を届けに来るはずだ。マリス・ファーディは子煩悩で過剰なお節介が息苦しいというのである。

「親と幻影の誤解を解く必要があるだろう。あれは僕でないと解除できない」

「だったら、まず貴方をなんとかしなきゃ!」

フェルミはそういうと街路樹の向こうにある自宅を指さした。

「何とかするって、どういう意味だ」

「貴方の身なりよ。魔女学校は男子禁制なの!」



 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る