美少女と鉄獣

少尉とはどういう生き物かフェルミは知らない。とにかく人間の顔をした金属に手足が生えた存在を普通は化物モンスターと呼ぶ。

そいつは不思議な魔法で彼女の分身を作った。そして通学絨毯に乗せた。このままだと自分の偽物が出席してしまう。

魔女学校の校則は厳しい。使い魔や眷属を用いてズル休みする者には容赦ない退学処分が下る。その先に待っているのは下女の道だ。

スクロールや術式をどうやっても使いこなせない女は魔力の失せた箒で富裕層の庭を掃いたり、魔獣の檻から排泄物を取り除く仕事に生涯をささげる。

例外的なキャリアパスはあるが高倍率の救済措置だ。しかし、お転婆のフェルミは母親が押し付けた茨の道を快く思ってなかった。


「そんなことより、見たんでしょ」

ドミトリー・ジャトールがモンスターの雄であることは疑いない。会話するだけの知能と…考えたくないが欲求不満がある。

フェルミは這いまわる視線を感じていたのだ。ああ、思い出すだけで気持ち悪い。

「見たって…何がだよ?」

しらじらしい。フェルミはモンスターの頭部にハイキックを見舞った。

「こぉの!この!このこのこのこの!」

パシッと蹴りが止まった。「いい加減にしろよ」

もう一本の腕が背中から生えていた。怪物は彼女の右足首をつかんだままにゅっと腕を伸ばした。

「キャーッ」

フェルミは頬を鮮血よりも濃く染めた。両手でペチコートの裾を抑えるが、重力には抗えない。髪を垂らして叫ぶ。

「ふぅん…女って変わった装甲を付けてるんだな」

少尉はフェルミの腰回りに興味を持ったらしく、しげしげと見つめる。

「白くて薄い。紙みたいだ…それに脚がノーガードじゃないか!」

「ギャーーッ!おろしてよ!!蛮族!!」

声を大にして非難する。バーゼノンは男子禁制の国であるが、まれにイレギュラーな侵入者が壁を越えてくる。

それらと交渉を持った者は、もちろん死罪だ。

「僕は蛮族じゃないぞ!誇り高きガウリールの偵察兵だ!!」

逆鱗に触れたらしくフェルミを無造作に離した。そのまま落下し、ギャッと呻いておとなしくなった。

「バーゼノンを蛮族から解放するために来た。君たちの国はジャグニのウィッチに乗っ取られている」

少女はゼイゼイと浅い呼吸を繰り返している。

”ADL低下。被検体の各数値に異常兆候が見られます。衛生兵機能、副脳権限で強制発現”

アーマーが主に越権行為の行使を宣言する。

「あんた…本気でいってんの?」

憎悪に満ちた青い瞳がみるみるうちに近づいてきた。

「おいっ! ちょ…待てよ!」

ドミトリーの意に反して二人の距離が縮まっていく。冑が姿勢を崩しているのだ。跪いて、フェルミを抱き起す。

腕が勝手に動いて彼女と同じ目線になる。

”被検体にナノ看護師をインプラント投与します。気道確保を維持してください”

小さな親切大きなお世話だ。アーマーは彼と彼女の都合などお構いなしに接近遭遇をお膳立てしていく。

フェルミは観念したのかキュッと瞳を閉じて、されるがままになっている。クタっと四肢の力が抜けた。

「待て待て待て。僕は君を殺そうなんて思ってない。これは体が勝手にやってることだ」

しどろもどろに言い訳すると、フェルミがか細く言った。

「いいの…下女になるも蛮族の奴隷になるのも、同じことだもの」

「だから、僕は蛮族なんかじゃない」

重ねて否定した。すると、驚いた事にフェルミが声を荒げたのだ。

「一思いに殺りなさいよ!誇り高い兵士なんでしょう?自分の責任を果たしなさい」

”経口投与、十秒前”

二人の唇が重なろうとしている。

「…わかった…責任を取ろう。僕は蛮族じゃない」

”ナノ看護師、投与します”

けたたましい警報音が街路樹をなびかせた。

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